(今日も天気は晴れだな)と窓から日の光が差しているのを見て思った。
昼過ぎになってからようやく重たい腰がベットから離れた。
仕事は休みの日なので、ゆっくりしようと思っていたらこんな時間になっていた。
横になり過ぎていて、体が余計に重く感じられた。
リビングへ行くと、朝食がそのままテーブルの上に置いてある。いつもの目玉焼きをサラッと食べ、散歩してくることにした。
「元澄や、出かけるのかえ」と、玄関を出ようとすると老人の声が聞こえた。
(ああ、じいちゃんか)と振り返らずに「ちょっと散歩に行って来るよ」と答えた。
「そうかい、気をつけていってこいよ」と優しげにいうと、「すまんが帰りに便箋を買ってきてくれないかの」と付け加えて言った。
じいちゃんは、昔からの知り合いや友人などと、よく文通をしている。どんなことを書いているのだろうと思うこともあるが、便箋は月に1冊は買ってきている気がする。
「ああ、買ってくるよ」と俺は言った。
「ほなよろしくな」と五百円玉を1枚貰って、ポケット中に入れた。
ふと、切手と封筒はよかったのかと思い聞こうとしたが、じいちゃんはいるものはいると、きちんと言うから、そこらへんはぬかりは無いなと思い聞くのをやめて、玄関の戸を開けた。
晴れている、晴天だ。雲を見つけるのが出来ないほど晴れ渡っている。12月中旬になろうとしているが、寒さというものを余り感じない。
今日は気分を変えて、家から二番目に近い公園に向かうことにした。
チラッと結城の顔が頭に浮かんだが、朝じゃないしな。公園にはいないだろうと思い、歩を進めた。
車の通りが少しある交差点まで来ると、見慣れた顔が、自転車に乗って通り過ぎていった。頭の高低差のある楠だ。
すました顔して自転車を漕いでいる。その姿を眺めていると、すぐ近くの一本向こうの狭い路地で、右から来た自転車とぶつかりそうになっている。(あっぶね)と俺は少し驚いたが、楠は、うまくよけて、右手を軽く上げて挨拶をしている。その後、相変わらずのペースで自転車を漕ぎながら去っていった。
信号が赤から青に変わると、俺も再び歩き始めた。少し下り坂になっている道を歩いているとき、俺のあとをついて来ている人の気配に気づいた。
振り返ると、ピンクのパーカーに今日は、紫色のジャージを履いた。俺と同年代風な、いつものニコニコ笑顔を見せている、あの。そうだ、結城しかいない。がついてきていた。
「やあ、もとくん」とニコニコと結城は声をかけてきた。
俺も「うす」と立ち止まって挨拶をした。
手を後ろに組んで、晴れた空を見上げながら近づいてきた。「いい天気だねぇ」と結城の声が、澄んでいるように感じたのは、空が晴れ渡っているからだろうか。「ああ、いい天気だ」と、この晴れ渡った空の下、俺も依存はなかった。
こうして二人で二番目に近い公園へと向かうことになった。
二人で何気ない話をしながら歩いていた。結城の笑顔がいつものように俺の目には映っている。何気ない結城の仕草が心地よくも感じられるほどだ。日の光がやさしく包み込んでくれているような感じもする。
前から、犬の散歩をしているおじさんがやってきた。
結城は笑顔で「こんにちは」と、おじさんに言うと、向こうは「こんにちは、笑顔が眩しいね、お嬢さん」と白い歯を見せて笑った。
結城はしゃがみこんで、白い子犬の頭をなでた。そして、「数字の意味で一ってどういうことだと思う?」と、何かをまた言い始めた。
(ああ、来たか、例の数字の意味ね)と俺は思った。
おじさんは、首を傾げている。「数字の意味で一かい、不思議なことを聞くね、お嬢さん」と当然の反応といえば当然かなと、俺はおじさんの様子を見て少しおかしく感じた。
おじさんは、真面目な顔で、「原点の次かい?」と結城に答え返している。それを聞くと、結城は、ニコニコしながら立ち上がり、お辞儀をした。
「変なことを聞いちゃいましたね、いい天気ですし、犬のお散歩を続けてあげてください」といい、歩き出した。
すると、おじさんは納得いかないのか「線だ!」と振り返って結城に言ったが、結城は、またお辞儀をしただけだった。俺は結城のあとについていった。
二番目に近い公園についた。子供たちが遊具で遊んでいる。ベンチのほうに向かって歩いている結城が無言で俺に話しかけてきている気がした。
「オホンッ」とせきをしてから「うんっと、土台かな」と俺は答えた。
結城は、立ち止まって振り返ったが、顔は笑っていない。「へぇー、土台って何かなぁ」と突っ込んで来た。
俺は遊具で遊んでいる子供たちを見ながらほうを掻いて「地上かな」と答えた。
じーっと結城が俺の方を見ている。
さっきまでやさしく微笑んでいた結城の目が俺を睨んでいるかの錯覚にも陥るこの感覚はなんだ。と少し俺は焦ったが、「一は地上の水平線にも見える」とすかさず言った。
「そうねぇ、漢字の一は水平線にも見えるね、じゃあ数字の1は」と俺を試している気が満ち満ちていた。
「地球は丸いからな。縦に棒が入っていようと、見方によっては、それも水平線かな」と俺は答えた。
結城はベンチのほうを向いた。「ねぇ、もとくん、あそこにたどり着けるかな」と俺に聞いた。
「ああ、人間の立っているこの大地ならたどり着けないところはない」と俺は答えた。
俺は結城の後ろ姿を見ながら目を閉じた。
人間が人間として生きていくために、必要なところ。人間は、海の中でも行き続けれないし、空の上でも行き続けれない。
地上から地下に潜って暮らすことも一時的にしかできない。日が必要だからだ。
日は、人間に視力を与え、食物を与え、時間を与える。人は、日が昇り沈むのを見て、時間を感じ、月の満ち欠けで、暦を知る。
時間を感じるとは、太陽の位置で己の位置と時間を知るということ。
大地とは、人間が生きていく上で必要なもの全てを得られるところ。人間のいる場所のこと。
そう頭の中で呟いて、目を開けると、俺に背を向けたまま結城が立っている。たぶん目を閉じて何かを考えているのだろう。俺は、遊具で遊んでいる子供たちのほうを見た。しばらくして、結城が俺の方に振りかえって、笑顔を見せた。そして、俺のところまで来て、これ持って見てと、結城はポケットから何かを出して俺に渡した。
「ん?」なんだこれ、ボロボロだなと受け取ったものを眺めてみた。
「なんだよこれ」と、何かのレバーらしきものを見て聞いてみると、結城が答えた。「慌てていかなくていいのよ、ゆっくりとブレーキを掛けながら、調整して進むの」と、回りくどく、自転車のブレーキレバーだということを言いたいのだと俺は悟った。
「あげる」と結城は言うと、「じゃあ、あっちに用があるから、行くね」と笑顔を見せて去っていった。
俺は、ベンチまで行き、どっこいしょっと腰をかけて、ボーっと自転車のブレーキレバーを見た。しばらくして(いらねえぞ、結城)と心の中で思った。