数字の意味で・・・其の一(4)【草稿】


仕事が終わり自転車をこいで坂を上りきったとき、いつものコンビニが目に入ってきた。日は沈み、辺りは暗くなっている。仕事でかいた汗がひいたあと、坂を上って少し汗ばんだ体がうっとうしく感じられた。今日も昼間は晴れだった。
(いつもの買っていくかな)そう頭の中でつぶやきコンビニに自転車を止めると、見慣れたやつが今日も本を立ち読みしていた。
身長は、俺より5㎝ほど高いくらいだろうか、髪はボサッとしていて学生服を着ている。高校生だ。いまどきのイケメン風な顔だちをしている。
コンビニのドアを開き、男性の隣に立ち同じ週刊漫画本を手にした。
「うす」と俺は男性に声をかけた。本を見たまま「ども」と答えて、「あー、いくどさんだっけ」と返してきた。
「きどだ」と俺は真面目に答え返した。
いつも学校の帰りにこのコンビニで本を立ち読みしている。
この男性の名前も俺は知っている。楠木和也という。くすのき・かずやと読む。
楠木は本のページをペラペラとめくっている。
「あー、こうくるかぁ、この漫画、伏線張りすぎなんだよな。ちょっと複雑化してきたな」楠木はいつものひとりごとをいっている。
「たしかその漫画、24巻まで出ていたっけ」俺はチラッと見て聞いてみた。
「単行本は知らねっす。立ち読みがしゅうかんなんで」と楠木は前髪をさっとなで払った。
週刊と習慣をかけただじゃれを言いたかったのかと、俺は本のページをめくった。
「あー、そういえば、例のお姉さんからことづてですけど」と楠木は本を見たまま言ってきた。
(ああ、結城。こいつにも何か言ったのか)と、結城が俺の行動範囲を熟知しているのだなという考えに少し呆れた。
楠木は結城のことを話しだした。俺はボーッと聞いていた。結城は楠木には「もし、もとくんにあったら、よろしくつたえてね。お願いね」と言って去っていくそうだ。
「数字の意味で例外とはどういうことらしいっす」楠木は話を続けた。
(結城、そんなことをこいつからことづてされる俺はいったいなんなんだ)と半分自分がむなしく感じられた。
俺は本のページをめくるのをやめ考え出した。
「楠木、おまえはなんだと思う」俺は楠木の頭の回転を確かめたくなったので聞いてみた。
「見えるんすか?」相変わらず本のページをめくりながら俺の問いに答えた。
(おお)と内心、楠木の直感力に心が揺らいだ。
「目に見えるものだな」と俺は冷静に答えた。
「目に見えるんすか」楠木は本のページをめくって、プッと吹き出した。
「この展開、面白すぎる」なんだか1人でうけているようだ。でも、1人がうけるってことは、そのほかの人もうける可能性はある。俺はチラッと隣を見て楠木がうけたページを探した。
(ああ、なるほどな)と冷静に見れば、それほど可笑しいものではなかった。
彼女を取られそうになった彼が必死になって自分の良さをアピールしているのが、滑稽な感じでえがかれている。
これは読むテンポでうけるかどうか変わってくるのかもしれない。
「吹いた楠木君、ほかに何か思いあたるかい?」と俺は聞いてみた。
「触れるんすか?」と楠木は、何も考えていないようで、ズバッと鋭いことを聞いてくる。
がしかし「あそことかあそことかあそことか」と何やらわけの分からない言葉をしゃべり始めた。
(おいおい、18禁の話をしているんじゃないぞ)と俺は、このすっとこどっこいなイケメン風のやつの脳の中が見てやりたくなった。
「・・・てのは、いくどさんの顔と同じくらい冗談です」表情一つ変えずサラッといいやがった。
「おい、くずのき君、何か言ったかな」と俺は低級な言葉で返してやった。
「ジョークっす」と楠木は本のページをめくった。
「まぁ、心で触るものだな」と話を戻し、俺は内心、楠木の頭の回転の高低差に少し戸惑いながら答えている感じだった。
すると、顔色も変えずに本を読んでいた楠木の本をめくる手が止まった。何かを考えているようだ。まるで将棋の次の一手を考えるような感じに思えてきた。
「俳句とかの詩・・・かな」と楠木は言うと、また本のページをめくり始めた。
鋭く一手を打たれた感じがした。(こいつなかなかできる)と、少し動揺した自分に気づいたが、心を落ち着かせ、本を手にし立ったまま目を閉じた。
詩とは書くことができ見ることができる。書いた文字を手で触っても、詩に触れたことにはならない。詩に触れるには心で触れなければならない。
詩とは数字が元で形作られていてリズムを持っている。しかし、詩にはリズム以外の要素も含まれる。風景、季節、感情、願い、憧れ、希望、詩を作ったものの思いを詰め込むことができる。
数字もリズムを保てれば一定でなくても構わない。
数字にとらわれない自由なリズムをつくることができる。それが詩だな。
そう頭の中で俺はつぶやき目を開けて「そうだな」と楠木の答えに同意した。
ポンッと楠木の本を閉じる音が聞こえた。
「あー、そうそう、これお姉さんが渡してくれってことで、どうぞ」と楠木はポケットからさびた物体を俺に渡した。
(おい)と一瞬、何を渡すんだと言いたくなったが、さびた物体をよく見てみた。
自転車のベルだな。(結城、おまえなぁ)と頭の中に浮かんでくる結城の笑顔に言った。
「では」と言って楠木は店内の通路を通って何かを手にしてレジへ向かった。
「ありがとうございました。またお越しください」と店員の声が聞こえたあと、楠木が扉のところであめだまを1つ口に入れるのが見えた。そして、コンビニから出ていった。
(コンビニで本立ち読み後10円のあめだま1つ買って帰る楠木かな)と俺は頭の中でつぶやいた。
さてと、俺も帰るかなと、飲料水のある棚の扉を開け、これこれと、いつものオレンジジュースを買って帰った。

数字の意味で・・・其の一(5)【草稿】


(今日も天気は晴れだな)と窓から日の光が差しているのを見て思った。
昼過ぎになってからようやく重たい腰がベットから離れた。
仕事は休みの日なので、ゆっくりしようと思っていたらこんな時間になっていた。
横になり過ぎていて、体が余計に重く感じられた。
リビングへ行くと、朝食がそのままテーブルの上に置いてある。いつもの目玉焼きをサラッと食べ、散歩してくることにした。
「元澄や、出かけるのかえ」と、玄関を出ようとすると老人の声が聞こえた。
(ああ、じいちゃんか)と振り返らずに「ちょっと散歩に行って来るよ」と答えた。
「そうかい、気をつけていってこいよ」と優しげにいうと、「すまんが帰りに便箋を買ってきてくれないかの」と付け加えて言った。
じいちゃんは、昔からの知り合いや友人などと、よく文通をしている。どんなことを書いているのだろうと思うこともあるが、便箋は月に1冊は買ってきている気がする。
「ああ、買ってくるよ」と俺は言った。
「ほなよろしくな」と五百円玉を1枚貰って、ポケット中に入れた。
ふと、切手と封筒はよかったのかと思い聞こうとしたが、じいちゃんはいるものはいると、きちんと言うから、そこらへんはぬかりは無いなと思い聞くのをやめて、玄関の戸を開けた。
晴れている、晴天だ。雲を見つけるのが出来ないほど晴れ渡っている。12月中旬になろうとしているが、寒さというものを余り感じない。
今日は気分を変えて、家から二番目に近い公園に向かうことにした。
チラッと結城の顔が頭に浮かんだが、朝じゃないしな。公園にはいないだろうと思い、歩を進めた。
車の通りが少しある交差点まで来ると、見慣れた顔が、自転車に乗って通り過ぎていった。頭の高低差のある楠だ。
すました顔して自転車を漕いでいる。その姿を眺めていると、すぐ近くの一本向こうの狭い路地で、右から来た自転車とぶつかりそうになっている。(あっぶね)と俺は少し驚いたが、楠は、うまくよけて、右手を軽く上げて挨拶をしている。その後、相変わらずのペースで自転車を漕ぎながら去っていった。
信号が赤から青に変わると、俺も再び歩き始めた。少し下り坂になっている道を歩いているとき、俺のあとをついて来ている人の気配に気づいた。
振り返ると、ピンクのパーカーに今日は、紫色のジャージを履いた。俺と同年代風な、いつものニコニコ笑顔を見せている、あの。そうだ、結城しかいない。がついてきていた。
「やあ、もとくん」とニコニコと結城は声をかけてきた。
俺も「うす」と立ち止まって挨拶をした。
手を後ろに組んで、晴れた空を見上げながら近づいてきた。「いい天気だねぇ」と結城の声が、澄んでいるように感じたのは、空が晴れ渡っているからだろうか。「ああ、いい天気だ」と、この晴れ渡った空の下、俺も依存はなかった。
こうして二人で二番目に近い公園へと向かうことになった。
二人で何気ない話をしながら歩いていた。結城の笑顔がいつものように俺の目には映っている。何気ない結城の仕草が心地よくも感じられるほどだ。日の光がやさしく包み込んでくれているような感じもする。
前から、犬の散歩をしているおじさんがやってきた。
結城は笑顔で「こんにちは」と、おじさんに言うと、向こうは「こんにちは、笑顔が眩しいね、お嬢さん」と白い歯を見せて笑った。
結城はしゃがみこんで、白い子犬の頭をなでた。そして、「数字の意味で一ってどういうことだと思う?」と、何かをまた言い始めた。
(ああ、来たか、例の数字の意味ね)と俺は思った。
おじさんは、首を傾げている。「数字の意味で一かい、不思議なことを聞くね、お嬢さん」と当然の反応といえば当然かなと、俺はおじさんの様子を見て少しおかしく感じた。
おじさんは、真面目な顔で、「原点の次かい?」と結城に答え返している。それを聞くと、結城は、ニコニコしながら立ち上がり、お辞儀をした。
「変なことを聞いちゃいましたね、いい天気ですし、犬のお散歩を続けてあげてください」といい、歩き出した。
すると、おじさんは納得いかないのか「線だ!」と振り返って結城に言ったが、結城は、またお辞儀をしただけだった。俺は結城のあとについていった。
二番目に近い公園についた。子供たちが遊具で遊んでいる。ベンチのほうに向かって歩いている結城が無言で俺に話しかけてきている気がした。
「オホンッ」とせきをしてから「うんっと、土台かな」と俺は答えた。
結城は、立ち止まって振り返ったが、顔は笑っていない。「へぇー、土台って何かなぁ」と突っ込んで来た。
俺は遊具で遊んでいる子供たちを見ながらほうを掻いて「地上かな」と答えた。
じーっと結城が俺の方を見ている。
さっきまでやさしく微笑んでいた結城の目が俺を睨んでいるかの錯覚にも陥るこの感覚はなんだ。と少し俺は焦ったが、「一は地上の水平線にも見える」とすかさず言った。
「そうねぇ、漢字の一は水平線にも見えるね、じゃあ数字の1は」と俺を試している気が満ち満ちていた。
「地球は丸いからな。縦に棒が入っていようと、見方によっては、それも水平線かな」と俺は答えた。
結城はベンチのほうを向いた。「ねぇ、もとくん、あそこにたどり着けるかな」と俺に聞いた。
「ああ、人間の立っているこの大地ならたどり着けないところはない」と俺は答えた。
俺は結城の後ろ姿を見ながら目を閉じた。
人間が人間として生きていくために、必要なところ。人間は、海の中でも行き続けれないし、空の上でも行き続けれない。
地上から地下に潜って暮らすことも一時的にしかできない。日が必要だからだ。
日は、人間に視力を与え、食物を与え、時間を与える。人は、日が昇り沈むのを見て、時間を感じ、月の満ち欠けで、暦を知る。
時間を感じるとは、太陽の位置で己の位置と時間を知るということ。
大地とは、人間が生きていく上で必要なもの全てを得られるところ。人間のいる場所のこと。
そう頭の中で呟いて、目を開けると、俺に背を向けたまま結城が立っている。たぶん目を閉じて何かを考えているのだろう。俺は、遊具で遊んでいる子供たちのほうを見た。しばらくして、結城が俺の方に振りかえって、笑顔を見せた。そして、俺のところまで来て、これ持って見てと、結城はポケットから何かを出して俺に渡した。
「ん?」なんだこれ、ボロボロだなと受け取ったものを眺めてみた。
「なんだよこれ」と、何かのレバーらしきものを見て聞いてみると、結城が答えた。「慌てていかなくていいのよ、ゆっくりとブレーキを掛けながら、調整して進むの」と、回りくどく、自転車のブレーキレバーだということを言いたいのだと俺は悟った。
「あげる」と結城は言うと、「じゃあ、あっちに用があるから、行くね」と笑顔を見せて去っていった。
俺は、ベンチまで行き、どっこいしょっと腰をかけて、ボーっと自転車のブレーキレバーを見た。しばらくして(いらねえぞ、結城)と心の中で思った。