始期 一(9)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

(あー、くそー、寝むてー)
朝まで興奮していたのと何かがプツンと切れたのとで
急に睡魔が襲ってきた
俺はその場に崩れるようにして眠りに入った

ブブゥゥーッ
(つめてっ)

「オルカ!オルカ!大丈夫!」
アシカの声が聞こえる
(アシカ・・・)
ブブゥゥーッ
(つめてっ!)
「つめてーなっ!」
俺は少し大きな声を出した感じがした
「大丈夫よ、オルカ、慌てて水の子たちを連れてきて水を掛けてもらったの」
目を開けると
心配そうな顔でアシカが俺をみつめている
なんだか頭がすっきりしてきた感じがする
「水の子は余分な邪気をとってくれるの、それに簡単な治癒もしてくれるわ」
アシカが優しく言った
(そうか、俺の変な邪気は消えたのか)
俺は体を起こした
ラウルがテーブルの椅子に座ってこっちを見ている
「心配したよ、だって日記が床に落ちているし、
ペンも机から離れたところに落ちていたから」
アシカが俺の頭をゆっくりとなでた
(あー、そうだ、あの変てこな日記)
「あたしと一緒に使っているのよ、大切な日記でしょ?粗末に扱わないでね」
「え?アシカも使っているの?」
「何いっているのよ、この日記は心のペンを持って開いた人の心を書き留める日記、
その人にしか見れないし、ペンの妖精の言葉もその人にしか聞こえないもの」
(え?俺にしか見れないし、聞こえないのか?)
「どうやって日記を見ればいいの?」
アシカは額に手を当てて力なく立ち上がった
「オルカ、頭打った後遺症なのかな、記録を見たいと思えば見せてくれるわ」
そういうとテーブルのほうへ向かった
俺はアシカが椅子に座ってラウルと話し始めるのを見ると
机の上においてあるノートとペンに近づいた
するとアシカがチラッと心配げにこちらを見た
「大丈夫、アシカ、ちょっと書き忘れた事があってさ」
そう聞くとアシカはニコっと笑顔になり
またラウルと話し始めた
俺はゆっくりと椅子に座り
ペンを手に持った
そしてノートを手に持つと
「オ・ル・カ・の・日・記」
と文字が浮かび上がった
ゆっくりとページを開いた
「やあー!わたしのわたし!」
ペンの妖精が出てきた
「今日は何をしたのかな?」
さっとアシカたちのほうを見た
二人で話している
どうやら聞こえていないようだ
(前のページを見せてくれ)
「前のページかい、何ページを見たいんだい?」
(うーん、先週くらいかな)
「おーっと、先週ってなんだい?何日前だい?」
(先週を分からないのか、馬鹿な日記だな)
「馬鹿とは失礼だな、わたしのわたし」
(わたしのわたしか、俺なのか?)
「わたしはわたしの心の日記、わたしのわたし」
(7日前を見てみたい)
ノートのページがパララッと少し前にめくれた感じがした
「今日はアシカがいつものように問いかけてきた、
天地が裂けた間からはいったい何が出てきたかと思う?だった・・・」
(な、なに?そんな問いかけあったのか?)
俺は自然と思っていた
「おーう、アシカはわたしにいっぱい問いかけているよ、わたしのわたし」
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
(うーーーん!頭いっぱい!)
両手で頭を押さえた
「どうしたの?オルカ」
「いや、ちょっと頭が疲れたかな」
俺はアシカの顔を見てなんだかホッとした
「そうだ、昨日の夜からご飯食べていなかったわね」
アシカがニコニコしながら言った
「そうだね、お腹すいちゃった」
そう言うと俺はなんだか可笑しく思えてきて自然と笑えた
「あー、オルカが笑ったわ、いいことあるかも」
こうして俺たちは少し遅めの昼の食事をとることになった

始期 二(1)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

カルサスという山が最初の村の西にある
そのふもとには森が広がりその森の端にこの村がある
森には動物や木の実、果実、キノコ、葉菜類など食料とするものが豊富にあった
しかし、ラースにとり憑くヤドリチヌスの問題がこの数ヶ月の間で頻繁に森から起こっている
ヤドリチヌスは低級の妖魔チヌスビキの霊魂だと言われている
そのことを俺は日記に質問して知った
この日記は使い方次第でとても便利なものになりそうだ
しかし、オルカは実に多くのことをこの日記に記録しているようだ
「そうですか、では、あたしも行きます」
アシカがラウルに言った
どうやらラウルはヤドリチヌスの調査にこの村へやってきたようだ
そして、アシカに色々と話を聞いている
「いえ、少し危険なにおいがします、あの山は」
ラウルは何かを考えているようだ
(カルサスには何があるんだい?)
俺は心のペンを持ったまま、また日記に質問した
「おー、いろいろ聞くね、わたしのわたし」
「わたしの記録には、十二神のひとつが眠っていると記されているね」
(十二神か)
「十二神とは大白鼠、暗黒聖牛、緑北大虎、明紫兎、双青東龍、
赤法蛇、黄賢馬、刻茶玄羊、橙大猿、金西鳳鳥、八銀犬、南無羅亥の十二の神さ」
日記は答えた
「山への道案内が必要ですし、あたしの癒しの魔法がきっとお役に立つかと思います」
アシカがラウルに自分の力を使ってもらいたいかのような言い方をしている
(癒しの魔法?)
「癒し魔法は三魔法のひとつだね、わたしのわたし」
(三魔法とはなに?)
「攻撃、癒し、特殊の3つの魔法のことだね」
日記は言った
「わかりました、アシカさんのお言葉に甘えることにします」
「しかし、危険と判断したときは、このルコの実をを食べてこの村に戻ってもらいます」
ラウルは慎重に言葉を口にしているようだ
アシカはニコっと笑った
「大丈夫です、オルカがいます」
(は?俺?)
心のペンを俺は机に置いた
いきなり俺が出てきたので少しびっくりした
「剣の腕はなかなかなのですよ」
アシカが言う
「どうやら俺の体に剣技が染み付いているようだ」
俺は雪原のことを思い返していた言った
「どれくらいの腕なのかは自分でもよく分からないけどね」
そのとおりなのだ
本当に自分でもよく分かっていなかった
「アシカさんが言うのならその通りなのでしょうね」
ラウルが俺を見て言った
「では、明日の朝から、カルサスを調査に行きます」
アシカと俺は頷いた

始期 二(2)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

夜、寝床で俺はなぜか眠れなかった
ラウルは宿屋に泊まっているみたいだ
向こうにはアシカが毛布を掛けて寝ている
俺は静かに起きると、家の扉を開けて外に出た
空を見上げると星ぼしが瞬いている
(綺麗だな)
少し俺は歩いた
すると
「よーっす、オルカっち」
誰かが俺に声を掛けてきた
「誰だおまえ」
声のほうを向いて俺は聞いた
「はぁ?おれっちのこと忘れたんすか?」
俺は首を傾げて目を瞑って考えたが
分からない
「サトバですけど」
「剣の稽古をつけてくださいよ」
なんの話だと思った
「剣もっていないぞ」
「あー、この木刀つかってください」
サトバはそういうと木刀を一本投げてよこした
俺は木刀を拾って握った
すると、サトバが木刀を振りかぶって俺に突進してきた
(!?)
ガシッ
俺は木刀でサトバの攻撃を受けた
サトバは一瞬後ろに下がり
木刀を十字に振り払った
その攻撃を俺は受け流している
(!?)
次々にサトバは打ち込んできたが
すべて俺は木刀で受け払った
「相変わらずやるじゃん、オルカっち」
「攻撃してこないんすか?」
サトバは何かを俺に投げた
「うっ!?」
何かが目に入った
「攻撃してこないから、目くらましの刑じゃん」
サトバは木刀を振りかぶると
俺の頭上に振り下ろした
ガシィィッッッ
サトバの木刀がクルクルと回転しながら弾けとんだ
目を瞑っていた俺は木刀を下から上に一瞬の間にすくいあげていた
「ほえー、すげーじゃん、オルカっち」
サトバが手を叩いた
「おまえこんな時間に何しているんだ」
「あー、さんぽっす」
「オルカっちに会えるかなっておもってさ」
「オルカっちもおれっちに会いたかったんでしょ?」
「なんか少し寒いな」
そういうと俺は木刀を返しサトバに背を向けて家に戻ることにした
「また稽古つけてくださいねー」
後ろからサトバが言った
「ああ、またな」
俺は家に向かって歩き出した
(なんなんだあいつは)
少しボーっとなっていた俺は思った