始期 一(1)

小説「主【NUSHI】」
始期
諸麗真澄

2013年1月―

年が明けた
マヤ暦の終わりで世界が滅ぶこともなく平穏無事に年が明けた
日は天に昇っている
いい天気だ
寒さもほどほどといった感じの冬である
なぜだか俺は虚ろな自分から抜け出せない
何をやったらいいのか分からない
出来ることはあるはずなのに何もやらない
ベットに横になっている俺は
さっきカーテンを開けて見た外の景色をぼんやりと思い返していた
『何をしているのですか』
(?・・・誰だ!)
『誰って私ですよ』
(俺の頭の中にいるおまえは誰だ)
『さて、はじめるとしましょうか』
(はじめるって何をだ)
『物語です・・・おまえの』
すると突然黒い闇が俺を飲み込み
ベットにいた俺は吸い込まれるようにして意識を失った

―1999年12月―

(・・・!?)
「ここは・・・」
ベットから上半身を起こした
見え覚えのある部屋である
(俺の部屋だ)
あのときの俺の部屋
そこは俺がマンションで一人暮らしをする前に住んでいた実家の
リホームする前の俺の部屋だった
足元のほうにある小さい窓に行きカーテンを開けて外を見た
一瞬言葉を失った
そこにはまばゆい光で包まれた見慣れない景色が広がっていた
「どこだここは」
俺はパチパチと目を瞬かせて首を振った
(死んだのか・・・)
死後の世界かと思ったそのときだった
「いいえ、死んでいませんよ」
突然後ろから声が聞こえた
とっさに振り向き声の方向を見ると
金色の長い髪をした背丈は俺と同じくらいだろうか
白い衣に身を包んだ
すらっとした少し背の高い容姿の美しい人がいた
もちろん見たことはない
「誰だおまえ、なぜ俺の部屋にいる」
容姿の美しい人は微笑んだ
「私はおまえ、おまえの一部です」
「はぁ?」
俺はこの美しい人が何をいっているのか良く分からずに
間抜けな声を出した
美しい人は微笑み言った
「さあ、行きますよ」
そう言うと美しい人は俺の手を握りグイッと引き
ベットから俺を降ろした
立ち上がった俺はキョトンとしていた
美しい人は微笑みながら俺の手を握ったままでいる
握っている感触はあるのだけど手の温度を感じない
暖かいわけでもなく冷たいわけでもない
「あのさ、どこに行くのかな・・・」
俺はどうしたらいいのか分からなくて
美しい人から目をそむけた
「目をそむけないで・・・私はおまえ」
そう言うと俺の手を握ったままくるりと向きをかえ
部屋のドアのほうへ歩き出した
俺も引かれるようにして歩き出した
そして美しい人はドアを開けた

始期 一(2)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

―????年12月―

気がつくと道の真ん中に立っていた
「どこだここ」
ドンッ
「きゃっ!」
いきなり後ろから誰かにぶつかった
「おっとっ!?」
俺は前に少しよろめいた形となった
振り返ってみるとピンクのパーカーを着てピンクのジャージをはいた
ポニーテルの女の子がしりもちをついて頭を押さえている
「いたた・・・」
女の子はこちらを見上げた
俺はなんかしまったなと思いながら
「すみませんでした」
と素直に頭を下げた
すると女の子はキョトンとしてこっちを見ている
「あれ・・・もとくん、公園にいたはず」
「ん?」
俺は首を傾げた
「もとくん?」
俺は女の子に問いかけた
「え?もとくんでしょ?」
女の子も首を傾げている
「もとくんって誰?」
俺は女の子に聞き返した
「あはは、どうしたの?私をからかっているのもとくん」
「きどもとすみくんでしょ、だってさっきと同じ格好だよ」
俺は良く分からずに自分の格好を見た
(あれ、俺こんな服着ていたっけ)
見慣れない服に戸惑っていると女の子は立ち上がって
目の前に来ていきなり俺の向こうずねを蹴った
「イテテッ」
俺は膝を曲げて足のすねを抱えた
「びっくりさせたお返しよ」
女の子はぷいっと目を閉じて顔を向こうに向けた
(なんなんだこの子は)
と思ったが
(はっ!)とさっきの言葉が頭の中でリピートされた
(きどもとすみくん)
聞いたことのある名前だ
それって俺の書きかけの小説の主人公の名前だよな
するとこの子は
「もしかして・・・ゆうきしょうこさん」
俺は少し間抜けな声で聞いてしまった
「はぁ?もとくん、私をあまり馬鹿にするとすね蹴るだけじゃ済まないよ」
少しドスの効いた声でゆうきは言った
「いや、すまん・・・」
俺は言葉に詰まった
ゆうきは、じーっとこっちを見ている
そして言った
「答えは良かったかって私に聞いたよね」
俺は小説をちょっと焦って思い出してみた
確かにもとすみがそんなようなことを最後に言ったような記憶があった
「ああ」
冷や汗が少し出るような感じがした
ニコニコ笑っているゆうきしょうこじゃない
「人は、時を見るために色々な工夫をして生きてきた・・・」
俺がそう言うと
さっと、ゆうきは手を前に出して俺の言葉をとめた
俺は少し安堵した
ゆうきは手を後ろに組むとニコニコしながら言った
「今度やったら崖から突き落とすから」
ドスの聞いた声が俺を硬直させた
(・・・こっえー・・・ゆうきってこんなキャラだったかな)
俺は血の気が覚める思いでゆうきが去っていくのを見送った
すると誰かが横から俺の手を握ってグイッっと引いた
俺は横向きになって歩く格好となった

始期 一(3)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

―???年冬期―

雪が降っている
なんだか少し寒い
どこか分からない雪原の中に立っている
少し歩いてみることにした
すると
「キィーーッ!」
と聞き慣れない雄叫びと共に
何かが襲い掛かってきた
おれは咄嗟に手に持っているソードでそれを斬った
ドサッと雪原に襲い掛かってきたものは跳ね返った
(あれ?なんで俺、剣なんて持っているんだ?)
そして自分が何か体に装着していることに気がついた
(?・・・どこだここ)
ぼんやりしているまもなく
さっきの雄叫びが周りから聞こえ始めた
「キィーー!キィーー!キィーー!」
(え?なんだ?なんだ?この状況)
俺は訳がわからずに走り始めた
何かが飛び掛ってくる
そのたびに俺はソードでなぎ払った
ドサッ、ドサッという雪原に何かが落ちる音が
駆け抜けていく俺の後ろから聞こえる
すると今度は前から
「ゴォーウッ!」
という呻き声が聞こえたかと思うと
いきなり何かに殴打された
(いつつっ!)
俺は打たれた肩を腕でおさえた
「くおぉぉっっ!」
俺は声を荒げると十時にソードを払った
「グォー!」と言ってそのものは雪原に倒れた
「なんなんだこいつら」
俺は走った
訳がわからずに剣を振るいながら走った
「なんなんだここはーーー!!」
すると、走っている俺の目の前に同じように走っている
金色の長い髪の人が現れた
俺の手を引いて部屋のドアを開けたあの美しい人かと思った
「お、おまえ!」
俺は金色の長い髪の人に怒鳴った
「こっちです」
金色の長い髪の人は走りながら
後ろで走っている俺に片手を挙げて言った
俺はあとについていくしかなかった
すると、街の灯りのようなものが見えてきた
「あそこです」
金色の髪の人は走りながら俺に言った
俺は頷いた
二人が雪原を街灯りのほうへ走っている
月明かりが二人を照らしていた
(ちょっと待て、なんの設定だぁー!?)
俺は心の中で叫んだ
明かりのところまで来るとタイマツの光だということが分かった
門みたいなところまでくると金色の髪の人は足を緩めて早歩きになった
(どこだここ)
俺はキョロキョロと周りを見ていた
見たことのない古めかしい建物が見える
すれ違う人は見慣れないものを着て
剣を鞘に収めている
「最初の村です」
金色の髪の人は立ち止まって俺に言った
ボケッとしていた俺は危うくその後ろにぶつかりそうになった

始期 一(4)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

ドンッ
「きゃっ!」
横から誰かにぶつかった
「うげっ!?」
俺は横によろめいた
ぶつからないと思ったらまたぶつかった
そんなことを思いながら
ぶつかった相手を見た
ピンクの服にピンクのスカートをはいた
ポニーテールの女の子がしりもちをついて頭を押さえている
「いたた・・・」
女の子はこちらを見上げた
俺は(あれ?)って思った
「すみませんでした」
と口からは出たがこの顔さっきの
「あれ・・・オルカ、家にいたはず」
「ん?」
俺は首を傾げた
「オルカ?」
俺は女の子に問いかけた
「え?オルカでしょ?」
女の子も首を傾げている
「オルカって誰?」
俺は女の子に聞き返した
「あはは、どうしたの?あたしをからかっているのオルカ」
「オルカ・リーエンスでしょ、だってさっきと同じ格好だよ」
俺は良く分からずに自分の格好を見た
(あれ、俺こんな服着ていたっけ)
見慣れない服に戸惑っていると女の子は立ち上がって
目の前に来ていきなり俺の向こうずねを蹴った
「イテテッ」
俺は膝を曲げて足のすねを抱えた
「びっくりさせたお返しよ」
女の子はぷいっと目を閉じて顔を向こうに向けた
(なんなんだこの子は)
と思った
どう考えても分からない
さっきの言葉を頭の中でリピートしても分からない
(オルカ・リーエンス)
聞いたことのない名前だ
この女の子の顔は、さっきみた
ゆうきしょうこ
と同じ顔をしている
聞いてみるかな
「もしかして・・・ゆうきしょうこさん」
俺は違うだろうなと思って聞いてみた
「はぁ?オルカ、あたしをあまり馬鹿にするとすね蹴るだけじゃ済まないよ」
少しドスの効いた声で女の子は言った
「いや、すまん・・・」
俺は言葉に詰まった
女の子は、じーっとこっちを見ている
そして言った
「答えは良かったかってあたしに聞いたよね」
さっきとまったく同じ展開だぞと思いながらも
少し焦った
「ああ」
冷や汗が少し出るような感じがした
(誰なんだこの子はー)
と頭の中で繰り返されている
「ちょ、ちょっと待って」
俺は口に出さずにいられなかった
「どうなさいましたか?」
と誰かが割って入ってきた
すぐ前を見ると
さっき立ち止まった金色の長い髪の人がこちらを見ている
(同じ顔だ)
俺は心の中で思った
美しい顔は俺の部屋で見た顔と一緒である
「誰なのこのかたは?」
女の子が聞いてきた
(いや、俺はあなたの名前が分からないのだけど)
声を大にして言いたかった
それに美しい顔の人の名前も知らない
「私はラウル」
微笑んで言った
「あたしはアシカ、オルカの姉です」
「えーー!?」
つい言ってしまった
俺はなにがなんだかさっぱり分からなくなった
アシカは手を後ろに組むとニコニコしながら言った
「ふざけていると崖から突き落とすから」

始期 一(5)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

(どうしたらいいんだこの状況)
俺はまったく分からない
「あの、アシカさん」
ラウルが口を開いた
「なんでしょう」
(おお、助け舟か!)
俺はちょっと期待した
「私はちょっと見てきたいものがありますのでこれで失礼します」
(えーーー!!?ちょ、ちょっと待て)
「オルカさんもまた」
そういうとラウルは背を向けた
「さっき約束したじゃないか!」
何かが俺の奥底から出てきた
「ん?」
ラウルは振り返った
「え、えと、家でご飯を食べていくってさ」
俺は苦し紛れに言った
「オルカ、約束したの?」
アシカが俺の顔をのぞいている
「あ、ああ」
俺は完全に動揺している
「約束したなら守るしかないね」
アシカはニコニコしている
「ラウルさん行きましょう、あたしたちの家へ」
ラウルはちらっとこっちを見た
俺はここで嫌とか言うなよと願った
「わかりました」
俺は少し安堵した
「しかし先ほども言ったように見てきたいものがあります」
(おーい、おまえ、わかっているのか!)
俺はラウルに心の中で叫んだ
「では、一緒に見に行きましょう」
「は?」
(どうなった?)
俺は少しボーっとなった
「ほら、オルカ行くわよ」
と聞こえた
二人は歩き始めている
(行くしかないな)
俺は腹をくくった
二人について歩き出したが
なんだか不安になってきた
見たことのないところだし
この先どうなるのだろうという思いがしてきた
すれ違う人たちはもちろん見たことのない人ばかりだ
(あれ?)
何やっているんだあそこで
二人で何かを叩いている
「ヤドリチヌスを追い出そうとしているのですね」
ラウルが言った
二人が立ち止まって俺と同じところを見ている
「とり憑かれたら三日は離れないです」
アシカが深刻そうな顔で見ている
「そうですか」
そう言うとラウルは叩いている二人のほうへ歩き出した
俺も行こうとした
「馬鹿!オルカ行っちゃダメ!」
「え?だってラウルが・・・」
「あんた封印紙持っていないでしょ?」
「封印紙?」
「あの人は持っているわ」
俺はラウルを見た
至って普通に近づいているように見える
すると突然ラウルの周りが光り出した
(なんだ!?)

始期 一(6)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

ラウルは片手を前に突き出した
するとラウルの周りの光が腕の周りに集まり回り始めた
何かを叩いている二人は相変わらず何かを叩いている
(あの二人気づかないのだろうか?)
俺は思った
何かがラウルの手のひらで光ったかと思うといくすじもの閃光が
光の縄となって叩いている二人たちをぐるぐるに縛り付けた
徐々に光の縄が締め付けていっている感じである
すると叩いている二人が消し飛んだ
(!?)
俺はびっくりした
「あの叩いてるものたちは人間ではないのよ、呪術よ」
アシカは言う
「面倒なのは魔法に叩かれているもの、ラースよ」
「ラース?」
俺は聞いたことのない言葉に戸惑った
呪術を消し飛ばした光の縄がいきなり広がったかと思うと
一瞬にして消滅した
そして何かがムクッと立ち上がった
(こ、こどもか!?)
俺は目を疑った
その子供から何かが湧き出てきている
そしてラウルに飛び掛った
それを見たラウルは手を上に突き出し
手からは何枚もの紙が出てきて飛び掛ってきたものに巻きついた
「封印紙よ」
アシカの手は祈るように握られている
封印紙は飛び掛ってきたものを吸い込むようにして小さな玉のようになって地面に落ちた
立ち上がった子供はよたよたしてから倒れた
アシカが子供に走りよった
俺もあとに続いた
アシカは座り込んで子供を抱きかかえている
「この子のラースにのりうつったのですね」
ラウルがそばにきて言った
「はい、主に子供のラースにのりうつりやすいです」
「ラースって何?」
俺がそう言うと
二人が目を丸くして俺のほうを見た
「なにってオルカ、あたしたちの活動の源でしょ?」
「あ、ああ、そうだった」
俺はこのとき良く分からなかったがとても重要なことだったのである
「ぼうやーー!!」
母親なのだろうか駆けつけてきた
「この子のお母さんですか?もう大丈夫ですよ」
アシカは優しげに言った
「有難うございます!昨日とり憑かれてからすぐに呪術をかけてもらったのです」
母親が泣きながら言った
「賢明な選択でした」
「ほうっておいたら永久に追い払えないし周りに広がるだけですからね」
ラウルが答えた
泣いている母親はアシカの腕からそっと子供を抱きかかえた
「ぼうや、ごめんなさい、こうするしかなかったのよ」
アシカは悲しそうな顔で目を閉じている子供に言った
母親は去っていった
「3日は目を覚まさないでしょうね」
ラウルが言うと
「ええ」
と言ってアシカはゆっくりと立ち上がった
「家に帰るわよオルカ、ラウルさんもいらしてくださいね」
「わかりました」
俺は去っていった母親のほうを少し見ていた
そして家に向かう二人に小走りで寄っていった

始期 一(7)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

家の扉を開けて三人は中へ入った
「あたしはちょっとラウルさんと話があるから」
「オルカ、先にいってお風呂に入っていて」
「風呂?」
「奥の扉を入ってすぐでしょ」
奥を見た
隠れていて見えない
「あれ?ご飯は食べないの?」
ラウルを見た
微笑んでいる
「お風呂に入ってからにします」
アシカは真面目な顔をしている
「そのほうが落ち着いて話がしやすいです」
俺は頷くしかなかった
奥に行くと扉があり
その手前に服を脱ぐ場所らしきところがあった
(服はここで脱ぐのか?)
アシカたちのほうをみようとしたが見えない
「よし向こうからは見えないな」
服を脱いで
扉をそっと開けて中に入った
じめじめしていて中はガランとしている
タオルとなにかがおいてあるだけだ
「なんだここ?」
「なんだここー、なんだここー」
しゃべりながら周りからいくつかの水の塊が集まってきた
「うわっ!?」
「なんだおまえら」
「なんだおまえらー、なんだおまえらー」
(なんなんだこいつら)
「おまえの名前を早く言え」
水の塊のひとつが言った
「はっ?」
「はっ、はっ」
水の塊たちが繰り返して言う
「なにこいつー、なにこいつー」
少しざわつきだした
(えっと、名前か)
「オルカ」
「オルカー、オルカー」
「・・・・・」
俺はじれったくなった
「なんだよ」
「なんだよー、なんだよー」
ブブゥゥーッ
「うわっ、つめて!」
水をかけてきやがった
「おまえらな」
「おまえらなー、おまえらなー」
「ちょっと頭にきた」
「ちょっと頭にきたー、ちょっと頭にきたー」
ブブゥゥーッ
ブブゥゥーッ
「うわー!つめって!なにしやがる!」
ブブゥゥーッ
すると、扉が開いた
俺は振り向いた
「ラウルさんはちょっと長老の家へ行ったわ」
見ると白い肌をしたスタイルのいい女性が裸で立っている
ふくよかな胸をして
その下は
「え、えーーーー!!?」
「ちょ、ちょ、アシカ」
俺はアシカのほうから目をそむけた
ブブゥゥーッ
ブブゥゥーッ
ブブゥゥーッ
「つめて!つめて!」
目が開けられなくなった
「うわぁーー!??」
何かにすべった
ゴンッ
どうやら頭をぶったようだ
「アシカ・リーエンス」
アシカの声が聞こえる
「あんたたち静かにしなさい」
おぼろげになって聞こえる
「オルカ、オルカ・・・大丈夫」
俺の意識が消えていく

ポチャンッ

どこだここ真っ暗だ
(苦しいぞ)
プニュプニュ
なんだこの感触
「ぷはぁっ!苦しい!」
「馬鹿!しっ!」
アシカが声を殺したように言って俺の口を押さえた
どうやらアシカと布団の中で密着しているようだ
「ラウルさんは寝たみたいよ」
(??)
いまいち状況が飲み込めない
「おまえが意識を失ったあと帰ってきておそいから泊まってもらったの」
「毛布2枚しかないから我慢しなさい」
(我慢しなさいってどうやって我慢するんだこの状況)
俺は顔が真っ赤になっていた
するとアシカは俺の顔を自分の胸に押し当てた
(殺すきか・・・)
そのまま夜が明けた

始期 一(8)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

(あー、頭がくらくらする)
一晩中興奮して硬直していた
それに苦しかった
アシカとラウルはテーブルの椅子に座って何かを話している
俺はボーっと部屋を見ていた
(小さな家だな・・・二人で住むのにはちょっと狭いな)
そんなことを思っていた
「オルカ」
(なんだか頭がくらくらする)
「オルカ!」
アシカの顔が目の前に現れた
「うわぁ!」
俺はびっくりして仰け反った
心臓がドキドキしている
さっきまでのことだがもちろん頭から離れない
「いや、なんにもしないって!してないから!」
俺は自分で何を言っているのか分からなくなった
「あんた大丈夫?頭打っておかしくなったわね」
アシカの顔を見られない
「あたしはラウルさんとちょっと出かけてくるから家で待っていてね」
そう言うと二人とも出て行った
(ふぅー、行ったか)
俺は冷静になろうとした
胸がドキドキしている
「落ち着けー」
バッ
と椅子から立ち上がった
家の中を少しウロウロし始めた
(うーん、落ち着かない)
ふとさっき座っていた椅子のそばの机に目がいった
机の上にはペンらしきものが置いてある
なにげに椅子を移動して机の前に置き座った
ペンを手に持った
(紙・・・)
机の引き出しを開けた
中には一冊のノートが入っている
(お、一枚もらおうかな・・・自分の家だしな)
引き出しからノートを出してみた
するとノートに題名が浮かび上がった
ちょっとびっくりした
「オ・ル・カ・の・日・記」
(!?)
俺は一瞬手に力が入った
(オルカってどういうやつなんだ)
恐る恐るページを開いた
「やあー!わたしのわたし!」
いきなり光る何かが飛び出してきた
「今日は何をしたのかな?」
ピカピカ光ったペンの形をしたものが話しかけている
俺は呆気にとられた
「なんか鼓動が速いぞ、怪しいぞ」
光るペンに言われると
頭の中にさっきまでのことがまた浮かんできた
「な、なんでもない!アシカの胸がプニュプニュしていたとか思っていない!」
言った俺はなぜだか焦った
「いやや、他も触りたいとかぜんぜん思っていない!思っていない!」
顔が赤くなった
「はは~ん、そうかそうか、わたしのわたし、たしかに記録した」
(?・・・記録)
「なんだ記録って!?」
俺はさっきより焦っていた
「記録とは、わたしの記録、わたしのわたし」
とっさに俺はページを破ろうとしていた
「く、くそー!破れないっ」
「おーっと、わたしのわたし、わたしの記録を破ることは出来ないよ」
「なんだと!」
やけくそになって床に叩きつけた
ノートは開いたままだ
(どうなっているんだ)
光るペンはノートの上に行きそして言った
「ペンを持っている限り記録し続けるよ」
(ぺ、ペン?)
俺は手に持っているペンを慌てて投げた
ペンは壁に当たって床に落ちた
するとノートは閉じ
光るペンは消えた
(なんなんだこのノートは)
冷や汗を俺はぬぐった

始期 一(9)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

(あー、くそー、寝むてー)
朝まで興奮していたのと何かがプツンと切れたのとで
急に睡魔が襲ってきた
俺はその場に崩れるようにして眠りに入った

ブブゥゥーッ
(つめてっ)

「オルカ!オルカ!大丈夫!」
アシカの声が聞こえる
(アシカ・・・)
ブブゥゥーッ
(つめてっ!)
「つめてーなっ!」
俺は少し大きな声を出した感じがした
「大丈夫よ、オルカ、慌てて水の子たちを連れてきて水を掛けてもらったの」
目を開けると
心配そうな顔でアシカが俺をみつめている
なんだか頭がすっきりしてきた感じがする
「水の子は余分な邪気をとってくれるの、それに簡単な治癒もしてくれるわ」
アシカが優しく言った
(そうか、俺の変な邪気は消えたのか)
俺は体を起こした
ラウルがテーブルの椅子に座ってこっちを見ている
「心配したよ、だって日記が床に落ちているし、
ペンも机から離れたところに落ちていたから」
アシカが俺の頭をゆっくりとなでた
(あー、そうだ、あの変てこな日記)
「あたしと一緒に使っているのよ、大切な日記でしょ?粗末に扱わないでね」
「え?アシカも使っているの?」
「何いっているのよ、この日記は心のペンを持って開いた人の心を書き留める日記、
その人にしか見れないし、ペンの妖精の言葉もその人にしか聞こえないもの」
(え?俺にしか見れないし、聞こえないのか?)
「どうやって日記を見ればいいの?」
アシカは額に手を当てて力なく立ち上がった
「オルカ、頭打った後遺症なのかな、記録を見たいと思えば見せてくれるわ」
そういうとテーブルのほうへ向かった
俺はアシカが椅子に座ってラウルと話し始めるのを見ると
机の上においてあるノートとペンに近づいた
するとアシカがチラッと心配げにこちらを見た
「大丈夫、アシカ、ちょっと書き忘れた事があってさ」
そう聞くとアシカはニコっと笑顔になり
またラウルと話し始めた
俺はゆっくりと椅子に座り
ペンを手に持った
そしてノートを手に持つと
「オ・ル・カ・の・日・記」
と文字が浮かび上がった
ゆっくりとページを開いた
「やあー!わたしのわたし!」
ペンの妖精が出てきた
「今日は何をしたのかな?」
さっとアシカたちのほうを見た
二人で話している
どうやら聞こえていないようだ
(前のページを見せてくれ)
「前のページかい、何ページを見たいんだい?」
(うーん、先週くらいかな)
「おーっと、先週ってなんだい?何日前だい?」
(先週を分からないのか、馬鹿な日記だな)
「馬鹿とは失礼だな、わたしのわたし」
(わたしのわたしか、俺なのか?)
「わたしはわたしの心の日記、わたしのわたし」
(7日前を見てみたい)
ノートのページがパララッと少し前にめくれた感じがした
「今日はアシカがいつものように問いかけてきた、
天地が裂けた間からはいったい何が出てきたかと思う?だった・・・」
(な、なに?そんな問いかけあったのか?)
俺は自然と思っていた
「おーう、アシカはわたしにいっぱい問いかけているよ、わたしのわたし」
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
(うーーーん!頭いっぱい!)
両手で頭を押さえた
「どうしたの?オルカ」
「いや、ちょっと頭が疲れたかな」
俺はアシカの顔を見てなんだかホッとした
「そうだ、昨日の夜からご飯食べていなかったわね」
アシカがニコニコしながら言った
「そうだね、お腹すいちゃった」
そう言うと俺はなんだか可笑しく思えてきて自然と笑えた
「あー、オルカが笑ったわ、いいことあるかも」
こうして俺たちは少し遅めの昼の食事をとることになった