数字の意味で・・・其の一(1)【草稿】

数字の意味『時が来た・・・共に歩む時、これからおまえと共に私はあります』
「はっ!?」目を開けると、いつもの朝のように、小鳥がさえずり、日の光が窓からさしていた。
12月にしては、それほど寒くない。ここ何日か、やけに晴れの日が多い。少し気持ちが悪いくらいだ。
ベットでぼやけている頭が、枕のすぐそばに置いてあるデジタル時計に向いた。
(6時半か・・、外でも歩いてくるかな)
服をパジャマから着替えて、いつものように家から出て歩き始めた。
朝にしては、ほんとに寒くない。灰色のフリースの上着に下は黒のジャージ姿で暖かい。
少し歩いていると何かにつまずいて少し驚いた。慌てて素足にスニーカーの先に目を向けると、歩道の真ん中に、自転車のチェーンがぐちゃぐちゃになって落ちていた。
ボーっと歩いていると気がつかないものだな。
170センチという中学三年の春から1センチも変わっていない体を少し前にかがめてチェーンを見おろした。だいぶんさびている、誰がこんなところに捨てて行ったのだろう。
チェーンから目をそらし、また歩き始めた。目を細めて太陽に視線を移すと、ボサボサな頭の前髪が目に入りそうになった。そろそろ切った方がいいかもなと思うほどうっとうしくなってきている。
昨日の朝は何を食べたかなと思いながら、歩き続ける。(・・・、パンに牛乳、コーヒー、サラダ、卵も食べたかな)最近は、食べ過ぎず、飲み過ぎず、適度に体を動かしているため、体重は平均的なものだろう。
歩道の脇に立っている並木の中には葉がほとんど無いものがある。まるで毛をかられた羊のような寒さを感じる。
まあ、秋は過ぎたからな。冬は、寒いのが普通だよな・・・。
軽い斜面を昇って、家から一番近い公園へやってきた。人が一人だけいる。
向こうは、こっちに気が付いたようだ。俺は足を進めた。
「おはよう、もとくん」可愛げにポニーテールの女性が挨拶をしてきた。ニコニコしている。彼女とは、朝、この公園で良く合う。
俺の名前を言うのを忘れたが、幾度元澄という。きど・もとすみ と読む。
「うす」と、挨拶のつもりで返した。俺より下に彼女の目線があるのが分かるので、背は俺より低いのは確かだ。
二人はベンチの方へ向かい腰を掛けた。
「ねえねえ、数字の意味で目に見えないってどういうことだと思う?」彼女はピンクのパーカーを着て、下もピンクのジャージ姿で両手を膝に挟んでいる。顔は斜め上を向いていて、電線に止まっている雀を見ているのだろう。問いかけてきた。
相変わらず訳のわからないことを聞いてくる。
まあ、考えてみようか。手を頭の後ろに組み目を閉じた。・・・「夢かな」目を開けて俺は口を開いた。
ふむふむと彼女は、頷いている。「確かに夢は目を閉じているときに見るねー」ニコニコしながら返している。「昨日ね、空を飛んでいる夢を見たよ。すっごく気持ちが良かった。そのうち、みんな空を自由に飛べるようになるかもね」
小学6年のときから彼女を知っているが、初めて会ったときに質問されたことを今でも覚えている。確か「空って何色だと思う?」だったかな。俺は「はあ?青色かな?」って答えた覚えがある。彼女はニコニコしながら「そお?」って言って去って行った。
今の彼女が俺に対してしてくる質問は、そのときよりも高度で、何かを確認しているかのように思える。
「それから他に何がある?」予想通り、彼女は突っ込んできた。まあ、分かっていはいるのだけどね。
「運命」と、俺は手を頭の後ろに組んだまま答えた。彼女は頷いている。
すると突然立ち上がった。「私はどっちに向かって歩くと思う?」また唐突に聞いてきた。そんなの分かるわけがない。一応、答えてみるかな「右かな」全くの適当に言ってみた。「ぶー」そういうと彼女は、ベンチにまた腰を掛けた。
(ああ、歩かなくて、また座るのね)俺は、そうですかと彼女の方を見た。ニコニコしている。
「確かに運命は目に見えないねー、その筋道を目で確かめながら進むことはできないかもね。通ったあとなら見たことにはなるけどね。私が右に進まずに座ったのは、もとくんには見えたでしょ?」
(筋道か・・・そんなのが見えていたら誰も苦労はしないだろうな)彼女から目をそらして、空を見上げた。
「じゃあ、他には何かある?」まるで彼女は何でも知っていて、その答えを俺に言わせたいかのように思える。
「未来」と、俺は答えた。
彼女の方をチラッと見ると、顔は笑っていない。真面目な顔でこっちを見ている。
「1分後の未来って見えないのかなぁ?」彼女は微笑んで言った。明らかに俺を試しているように見える。
「それは、1分後の未来じゃなくて、1分経った現在じゃないかな」そう言って彼女から目をそらした。
「確かに人は現在を見て生きているねー」彼女はニコニコしながら話した。
彼女は何かを考えているようだ。そして口を開いた「答えを聞かせて」
俺はきたかと思いながら、彼女の口癖のようなものを確認した。
「未来の数、時のことだな」俺は目を閉じていた。彼女は何も言わない。ふと目を開けて彼女の方を見ると・・・あれ?ベンチに座っていた彼女がいない。
「円盤投げー!」と、声が聞こえたかと思ったら、突然ベンチに座っている俺の目の前に自転車のタイヤが飛んできた。
「うわ!?」っと、叫んで俺は驚いたポーズをとった。その格好は滑稽に見えたのだろう。
「うふふふ」と、彼女の笑い声が聞こえてくる。
円盤投げって、おい。でか過ぎるだろ。26インチくらいの自転車のタイヤだな。円盤投げっていうか、輪投げだろこれ。なんでこんなところにあるんだろう。
彼女は手を砂を払うようにパンパンと2回叩くと、ベンチに戻ってきて座った。
「あの、なんなのこれ?」俺は不思議そうにいってみた。「自転車のタイヤよ」彼女はニコニコ笑っている。
確かに見れば分かるけど、黒い物体がいきなり飛んできてびっくりするよね。ここにこうやって横たわっているのが不自然だよねと言いたかった。
「向こうに落ちていたよー」そう言って、彼女は静かに目を閉じた。それを見て俺も目を閉じた。
人は、時を見るために色々な工夫をして生きてきた。しかし時を見ることは人間一人ではできない。だから人は子をつくり、子孫を残して時を見ようとする。人間の夢だな。時を見れたらいいなという。
その好奇心がタイムマシーンとか想像してみたりもする。でも人間には不可能なこともある。
原則この世界は、時をさかのぼったり、飛び越えたりすることは出来ないようになっている。
俺は頭の中で、そうつぶやいた。目を開けて彼女を見るとまだ目を閉じている。
彼女から視線をそらして、目の前にある自転車のタイヤを見つめてみた。
二人の座っているベンチの前に輪を描いている自転車のタイヤ。実に不自然だな、なぜそこにある。しばらくの沈黙の後、彼女は目を開けた。そして「帰ろうっか」と言った。俺も「ああ」と答えた。「結城、答えは良かったか?」俺は彼女の顔を見て言った。「うん」と彼女は笑顔で言うと、ベンチから立ち上がり、帰って行った。
彼女の名前は結城翔子という。ゆうき・しょうこ と読む。
家に帰ると、朝食の準備が出来ていた。昨日と同じだな。目玉焼きもあるしな。