数字の意味で・・・其の一(2)【草稿】


コンコン。部屋のドアを叩く音がした。
仕事から帰ってきて、疲れたなと思いながら、枕の上で両手を組んでベットに寝転がっているときだった。
外は日が沈み、暗くなっている。窓のカーテンは閉まっていた。
まぁ仕事といっても、アルバイト。かっこ良くいえば、フリーターかな。(というか、フリーターって、かっこいいのか良く分からないな)と、考える自分もいた。5時間ほど軽く走り回っている。
「元澄、どうじゃい最近は」とドアの向こうから声が聞こえた。
俺は、目を閉じて、「なんだい?」と返すと、ドアが開き、歳をとった男性が顔を見せた。俺の爺ちゃんだ。
手を後ろに組みながら部屋に入ってきた。背筋はピンとしている姿を俺は見つめた。
年のわりには、がっしりとした体形だ。身長は150センチくらいだろう。今日は、紺色のズボンに、上は紫の長そでに茶色のチョッキを着ている。
ゆっくり歩みながら、机の前に放り出されている椅子まで行くと、よっこいしょっと、腰を掛けた。
「今日はなんだい?」と、聞いてみた。
老人は、カーテンの閉まっている窓のほうを見ながら白い髭をはやした顎を左手でさすって、何かを考えているようだ。
いつも笑っているように見える目は閉じているのか開いているのか判別が難しい。顔には、何本もの深いしわが刻みこまれている。
「おまえと同い年のあの子は、元気じゃなぁ」と、老人は口を開いた。
ああ、結城のことか。その話にいくのか。(好きだな、爺ちゃん)と、おれは頭の中でつぶやいた。
「元気そうにみえるかな」と、天井を見た。
「わしが外を歩いておると良く見かけるでのう、ニコニコといつも挨拶してくるわい」
老人は、結城の話を始めた。俺はカセットテープでも聞くように聞いていた。
結城は、爺ちゃんには、いつも「もとくんによろしくお伝えください」と言って、別れるそうだ。
まぁ、俺に伝えることは、結城自身の問いかけたい内容なのだけど。自分の答えと俺の答えを照らし合わせたいのかもしれないな。
「で、今日は何を聞いてきたの?」天上の一点を見たまま、俺は聞いた。
老人は、また顎をさすった。
「数字の意味で聞こえないとはどういうことかじゃそうな」と、首をかしげている。
(ああ、昨日の朝の続きか)と俺は思い、また訳の分からない世界に俺を引きづり込もうとしているなと、結城の笑顔が頭に浮かんだ。
「書いた数字の残像は見えるが聞こえんのう」そう言って、老人は、くうに数字をいくつか描いている。俺はその姿を見ながら考えた。相変わらず、頭の中では、笑顔の彼女が見える。
「数字は見ることは出来るが、聞くことは出来んのかのう」と、老人は、くうに描いている数字を声に出している。その姿を見た俺は、(おい爺ちゃん、その姿を突然見た人は、なんと思うか考えてくれ)と、結城の笑顔を描き消したくなった。
「爺ちゃん、聞くことの出来ない数があるんだよ」俺は、考えのままに口に出してみた。
老人は「ふむ」と、顎をさすった。そしてまた考えているようだ。まぁ、考えることは、いいことかもな。頭を使うからな。そう思い目を閉じた。
頭に見えているのは結城が笑っている姿だけだった。俺の姿勢は寝たまま考える人の状態だ。左手は顎にあり、右手は左ひじを抱えている。
「自分の数だな」俺は、その姿勢のまま、目を開け天井を見て言った。
老人は「ふむふむ」と、顎をさすった。
「わしゃあ、86歳じゃで、86かのう」と、86をくうに描き、声に出している。
それを聞いて、ふと、頭に違う女性の姿がよぎった。バイト先の女性の顔だ。
ラッキーナンバーの話をしたことがあったなと思い返した。たしか俺は、女性に99と言ったかな。
その番号に女性は、いろいろ考えていたな。「9が2つもぉ」となんか嫌そうな感じだった。
言った俺も、全然考えていなくて、9って日本じゃ余り縁起のいい数字じゃないのだよなって、あとから思った。
そのときは、9じゃ軽過ぎて、999じゃ背負うには重すぎるみたいなことを言ったけど、なんか変に押しつけた感じがあったかなと思った。
女性が考えついたのが、99%の力を出して残り1%は力を抜くってことだった。俺は、その考えでいいと思った。だから、自分の考えで導き出したその答えでいいのだと伝えた。
(自分の数か・・・)自分で口に出して言って見て、不思議な感じがした。すると、また彼女の笑顔が俺の頭の中に浮かんできた。
すぐに切り替えて「自分が誕生するまでに、受け継がれてきた遺伝子の数だよ」と、椅子に座って考えている老人に俺は言った。
すると、「ほうほう」と顎をさすり笑って答えた。爺ちゃんは、笑うとしわが増えるから分かりやすいなと、思わず口元が少し緩んだ。
俺は、また頭の後ろで両手を組んで目を閉じた。
人は、その遺伝子を後の世に残すために生まれてくる。もちろん、その役目は全ての人にあるわけではない。
受け継がれてきた遺伝子の数、すなわち遺伝子の声だな。それは、人の顔の形、目鼻口耳の形、体つき、脳の大きさ、あらゆる形となって伝えている。
その伝えられたものは、聞くものでなく、感じるもの。
頭の中で、そうつぶやいた。
やはり、彼女の笑顔が浮かんでくる。たぶん、俺の生涯からあの笑顔が消えることはないのだろうな。
目を開けると、老人は、まだカーテンの閉まっている窓を見ていた。相変わらず左手は顎をさすっている。何かを考えているのだろう。
「元澄や、数字の意味で聞こえないとは、遺伝子の声かのう」老人は、窓を見ながらいった。
(そうだよ、爺ちゃん)と、俺は声に出さずに言った。
座っていても背筋がピンとしている老人は、「ほっほっほ」と笑うと、「あの子は、面白い子じゃのう」と、俺の方を向いた。
「ああ、良くは分からないけど、あいつの頭は普通じゃないね」と、素直に口から出てきた。
普通じゃなければ、おかしいのかというと、彼女には当てはまらないだろうな。飛び抜けているのかな。そんなことを考えて、俺は、結城が笑顔で帰っていく姿を想像した。
すると、老人は「そうかい。元澄も負けておらんと思うがな」と返してきた。
俺は、ほうを人差指でかいた。なんか違うのだけどなと言いたかったが、結城と俺の類似点は、たぶんそこなのだろうなと思い返した。
「おぉ、そうじゃい、あの子がこれを渡しておくれと言っておったわい」
そう言うと、老人はポケットから何かを出して机の上に置いた。
「ほなな、元澄」と、椅子から立ち上がり、ゆっくりとした歩みで部屋から出ていった。
俺はベットから起きあがり、机に置いていったものを確認した。「ん?」なんだライトか。しかし、ぼろぼろだな、使えそうにないライトだぞ。結城、おまえは俺に何を伝えたい。
あれ?なんだろう、このライト・・・。まぁ、いいか。風呂にでも入ってくるかな。