始期 一(9)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

(あー、くそー、寝むてー)
朝まで興奮していたのと何かがプツンと切れたのとで
急に睡魔が襲ってきた
俺はその場に崩れるようにして眠りに入った

ブブゥゥーッ
(つめてっ)

「オルカ!オルカ!大丈夫!」
アシカの声が聞こえる
(アシカ・・・)
ブブゥゥーッ
(つめてっ!)
「つめてーなっ!」
俺は少し大きな声を出した感じがした
「大丈夫よ、オルカ、慌てて水の子たちを連れてきて水を掛けてもらったの」
目を開けると
心配そうな顔でアシカが俺をみつめている
なんだか頭がすっきりしてきた感じがする
「水の子は余分な邪気をとってくれるの、それに簡単な治癒もしてくれるわ」
アシカが優しく言った
(そうか、俺の変な邪気は消えたのか)
俺は体を起こした
ラウルがテーブルの椅子に座ってこっちを見ている
「心配したよ、だって日記が床に落ちているし、
ペンも机から離れたところに落ちていたから」
アシカが俺の頭をゆっくりとなでた
(あー、そうだ、あの変てこな日記)
「あたしと一緒に使っているのよ、大切な日記でしょ?粗末に扱わないでね」
「え?アシカも使っているの?」
「何いっているのよ、この日記は心のペンを持って開いた人の心を書き留める日記、
その人にしか見れないし、ペンの妖精の言葉もその人にしか聞こえないもの」
(え?俺にしか見れないし、聞こえないのか?)
「どうやって日記を見ればいいの?」
アシカは額に手を当てて力なく立ち上がった
「オルカ、頭打った後遺症なのかな、記録を見たいと思えば見せてくれるわ」
そういうとテーブルのほうへ向かった
俺はアシカが椅子に座ってラウルと話し始めるのを見ると
机の上においてあるノートとペンに近づいた
するとアシカがチラッと心配げにこちらを見た
「大丈夫、アシカ、ちょっと書き忘れた事があってさ」
そう聞くとアシカはニコっと笑顔になり
またラウルと話し始めた
俺はゆっくりと椅子に座り
ペンを手に持った
そしてノートを手に持つと
「オ・ル・カ・の・日・記」
と文字が浮かび上がった
ゆっくりとページを開いた
「やあー!わたしのわたし!」
ペンの妖精が出てきた
「今日は何をしたのかな?」
さっとアシカたちのほうを見た
二人で話している
どうやら聞こえていないようだ
(前のページを見せてくれ)
「前のページかい、何ページを見たいんだい?」
(うーん、先週くらいかな)
「おーっと、先週ってなんだい?何日前だい?」
(先週を分からないのか、馬鹿な日記だな)
「馬鹿とは失礼だな、わたしのわたし」
(わたしのわたしか、俺なのか?)
「わたしはわたしの心の日記、わたしのわたし」
(7日前を見てみたい)
ノートのページがパララッと少し前にめくれた感じがした
「今日はアシカがいつものように問いかけてきた、
天地が裂けた間からはいったい何が出てきたかと思う?だった・・・」
(な、なに?そんな問いかけあったのか?)
俺は自然と思っていた
「おーう、アシカはわたしにいっぱい問いかけているよ、わたしのわたし」
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
(うーーーん!頭いっぱい!)
両手で頭を押さえた
「どうしたの?オルカ」
「いや、ちょっと頭が疲れたかな」
俺はアシカの顔を見てなんだかホッとした
「そうだ、昨日の夜からご飯食べていなかったわね」
アシカがニコニコしながら言った
「そうだね、お腹すいちゃった」
そう言うと俺はなんだか可笑しく思えてきて自然と笑えた
「あー、オルカが笑ったわ、いいことあるかも」
こうして俺たちは少し遅めの昼の食事をとることになった

始期 二(1)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

カルサスという山が最初の村の西にある
そのふもとには森が広がりその森の端にこの村がある
森には動物や木の実、果実、キノコ、葉菜類など食料とするものが豊富にあった
しかし、ラースにとり憑くヤドリチヌスの問題がこの数ヶ月の間で頻繁に森から起こっている
ヤドリチヌスは低級の妖魔チヌスビキの霊魂だと言われている
そのことを俺は日記に質問して知った
この日記は使い方次第でとても便利なものになりそうだ
しかし、オルカは実に多くのことをこの日記に記録しているようだ
「そうですか、では、あたしも行きます」
アシカがラウルに言った
どうやらラウルはヤドリチヌスの調査にこの村へやってきたようだ
そして、アシカに色々と話を聞いている
「いえ、少し危険なにおいがします、あの山は」
ラウルは何かを考えているようだ
(カルサスには何があるんだい?)
俺は心のペンを持ったまま、また日記に質問した
「おー、いろいろ聞くね、わたしのわたし」
「わたしの記録には、十二神のひとつが眠っていると記されているね」
(十二神か)
「十二神とは大白鼠、暗黒聖牛、緑北大虎、明紫兎、双青東龍、
赤法蛇、黄賢馬、刻茶玄羊、橙大猿、金西鳳鳥、八銀犬、南無羅亥の十二の神さ」
日記は答えた
「山への道案内が必要ですし、あたしの癒しの魔法がきっとお役に立つかと思います」
アシカがラウルに自分の力を使ってもらいたいかのような言い方をしている
(癒しの魔法?)
「癒し魔法は三魔法のひとつだね、わたしのわたし」
(三魔法とはなに?)
「攻撃、癒し、特殊の3つの魔法のことだね」
日記は言った
「わかりました、アシカさんのお言葉に甘えることにします」
「しかし、危険と判断したときは、このルコの実をを食べてこの村に戻ってもらいます」
ラウルは慎重に言葉を口にしているようだ
アシカはニコっと笑った
「大丈夫です、オルカがいます」
(は?俺?)
心のペンを俺は机に置いた
いきなり俺が出てきたので少しびっくりした
「剣の腕はなかなかなのですよ」
アシカが言う
「どうやら俺の体に剣技が染み付いているようだ」
俺は雪原のことを思い返していた言った
「どれくらいの腕なのかは自分でもよく分からないけどね」
そのとおりなのだ
本当に自分でもよく分かっていなかった
「アシカさんが言うのならその通りなのでしょうね」
ラウルが俺を見て言った
「では、明日の朝から、カルサスを調査に行きます」
アシカと俺は頷いた

始期 二(2)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

夜、寝床で俺はなぜか眠れなかった
ラウルは宿屋に泊まっているみたいだ
向こうにはアシカが毛布を掛けて寝ている
俺は静かに起きると、家の扉を開けて外に出た
空を見上げると星ぼしが瞬いている
(綺麗だな)
少し俺は歩いた
すると
「よーっす、オルカっち」
誰かが俺に声を掛けてきた
「誰だおまえ」
声のほうを向いて俺は聞いた
「はぁ?おれっちのこと忘れたんすか?」
俺は首を傾げて目を瞑って考えたが
分からない
「サトバですけど」
「剣の稽古をつけてくださいよ」
なんの話だと思った
「剣もっていないぞ」
「あー、この木刀つかってください」
サトバはそういうと木刀を一本投げてよこした
俺は木刀を拾って握った
すると、サトバが木刀を振りかぶって俺に突進してきた
(!?)
ガシッ
俺は木刀でサトバの攻撃を受けた
サトバは一瞬後ろに下がり
木刀を十字に振り払った
その攻撃を俺は受け流している
(!?)
次々にサトバは打ち込んできたが
すべて俺は木刀で受け払った
「相変わらずやるじゃん、オルカっち」
「攻撃してこないんすか?」
サトバは何かを俺に投げた
「うっ!?」
何かが目に入った
「攻撃してこないから、目くらましの刑じゃん」
サトバは木刀を振りかぶると
俺の頭上に振り下ろした
ガシィィッッッ
サトバの木刀がクルクルと回転しながら弾けとんだ
目を瞑っていた俺は木刀を下から上に一瞬の間にすくいあげていた
「ほえー、すげーじゃん、オルカっち」
サトバが手を叩いた
「おまえこんな時間に何しているんだ」
「あー、さんぽっす」
「オルカっちに会えるかなっておもってさ」
「オルカっちもおれっちに会いたかったんでしょ?」
「なんか少し寒いな」
そういうと俺は木刀を返しサトバに背を向けて家に戻ることにした
「また稽古つけてくださいねー」
後ろからサトバが言った
「ああ、またな」
俺は家に向かって歩き出した
(なんなんだあいつは)
少しボーっとなっていた俺は思った

始期 二(3)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

歩いていると、ふと、
どこだここということになった
どこに向かっているんだ
あれ、家はどこだったか
少し、キョロキョロとしていると
「兄さん、どうしたね」
誰かの声がした
「え」
おれは、声の方を見た
すると、そこだけ、青白く光輝いていて
見ると
小さな、リスくらいの
白い生き物が、木の枝から
話かけていた
「ちょっと家の場所を・・・」
と、言おうとしたが
なんか変なこと言おうとしている
自分に気づき
「ちょっと家の場所を目を閉じて
歩いてみて当てようしたのだけど
うまく行かなくって、目を開けてみたら、
ここがどこだか分からなくなって
しまったことに驚いて」
おれは、結構適当に言ってしまった
「ほんまかいな、兄さん」
白いリスは言った
「すまん、本当は道に迷った」
正直に話した
「そっか、じゃあ」
・・・
「ん?」
(じゃあ、ってことは)
「ちょっと待って、リスさん」
「本当は、家に帰りたい」
俺は言った
「そっか、」
白いリスはそう答えた
(俺はどうしたらいいんだ)
少し悩んでいた
「おいらは、大白鼠っていうんだ」
???
(どこかで聞いたことがある)
「予知が出来るのだよ」
大白鼠は言った
「予知」
俺は何を言っているか分からなかった
「未来が見える」
「だから、あんさんに声を掛けた」
大白鼠は言った
「すまん、よう分らんけど」
「予知が出来るなら」
「俺の家の場所を教えてくれ」
俺は、真面目に言っていた
「ちょい、難しいな」
大白鼠は言った
「なぜ?」
俺は聞いた
「あんさんは、あそこに戻らん方がええ」
大白鼠は言った
「え」
(無茶苦茶な急展開や)
俺は思った
「さっきも、ゆうたけど」
「おいらは、予知が出来る」
大白鼠が言った
「じゃあ、俺はどうすればいい」
真面目に聞いていた
「元の世界に戻してやろう」
大白鼠が言った
「元の世界・・・」
(ここには来たばかりなのに)
俺はつぶやいた
「あんさんは、次元の狭間に
吸い込まれてこっちに来た」
「でも、何もしてない」
「もしくは、何もしなかった」
「けれども」
「逆にそれでいい」
「世の中は進み」
「世界は変わる」
「あんさんのお陰や」
大白鼠が言った
「え」
「ど、どういうことだ」
俺は、ちょっと
不思議な感じがした
「簡単にいうと、
あんさんがぼーっとしている間に」
「あっちの世界のあんさんが、色々動いて」
「あんさんを呼び戻そうとしている」
「だから、元のリアルの世界に戻るんだ」
大白鼠は、諭すように言った
「???」
そう大白鼠から聞こえると
大白鼠が光輝き出し
光が大きくなった
(・・・!)
そして、光が俺を吸い込んだ
(そんな急展開や)
俺の意識は、薄らいで行った・・・

始期 二(4)

小説「主【NUSHI】」
諸麗真澄

2013年1月―

年が明けた
マヤ暦の終わりで世界が滅ぶこともなく平穏無事に年が明けた
日は天に昇っている
いい天気だ
寒さもほどほどといった感じの冬である
なぜだか俺は虚ろな自分から抜け出せない
何をやったらいいのか分からない
出来ることはあるはずなのに何もやらない
ベットに横になっている俺は
さっきカーテンを開けて見た外の景色をぼんやりと思い返していた
『何をしているのですか』
(?・・・誰だ!)
『誰って私ですよ』
(俺の頭の中にいるおまえは誰だ)
『さて、はじめるとしましょうか』
(はじめるって何をだ)
『物語です・・・おまえの』
(!!!!!)
(同じだ!)
突然黒い闇が俺を飲み込もうとしたが
黒い闇が徐々に消えていった
『成長しましたね』
『ではこの続きに進みましょうか』
「先が見たい」
『では、引き続き、デザインを描きます』
「それか」
『そうです、あなたが行きつく先はデザイン』
「前にも聞いたような気がする」
『ボールペンを買って来ましょうか』
「覚えがある」
おれは、ベットから起き上がり、
服を着替え、財布をズボンのポケットに入れた
アパートの階段から降りると
原付がある
俺の原付
原付に乗ると
原付を走らせ
書店に向かった
「あのボールペンかな」
書店に入り、文具売り場で
ボールペンを探した
「こ、これだ」
ボールペンを持ち
レジに向かった
レジには女性の店員の方がいる
眼があった
「どうぞ、こちらへ」
「157円です」
女性の店員の方がレジ打ち後に
金額が聞こえた
俺は、財布を出そうとした
(あれ、財布がない)
(えー、、こんなんかぁ)
女性の店員の方が怪訝そうな顔をしている
「あ、ちょっと待ってください」
「財布を車に忘れてきました」
(原付なのに、・・・)
「はい、かしこまりました」
慌てて俺は、店を出た
原付まで行くと、
「え・・・」
原付の上に
「157円が置いてある」
(よく分からない世界に迷い込んだか)
『そのお金で1本、ボールペンを買ってください』
(ん?このお金は)
『そのお金は、天からの贈り物です』
『大切にボールペン1本と交換して下さい』
「財布がないのだけど」
(まぁ、いいか)
原付のシートの上の157円を持って
また、店に入り
さっきの女性の店員のレジの所までやってきた
「いらっしゃいませ」
「あ、さっきのボールペン買います」
「ありがとうございます、157円です」
手に持っている157円を渡して
ボールペンを1本買った
(ふぅー、この先どうなるのだろう)
『さあ、家に帰って、絵を描きます』
(帰るか)
原付を走らせ、アパートに戻ってきた
階段を上がり、部屋に入って
コピー用紙の紙を一枚とり、
机の椅子に座り
ボールペンを走らせた
なめらかに、ペンが走り、
見る見る絵が描けていく
いつもの自動書記だ
(う、腕がちょっと痛い)
(こ、ここからか)
ちょっと、気が散りながら
絵を描いた
「出来た」
「さてと、スキャナーで取り込むか」
PCの電源を付けて
ソフトを立ち上げ
スキャナーにコピー用紙を挟んで
スキャンを始めた
「ウィー――――ン」
ふぅー、いちいちだな
ソフトで加工して
線画だけの状態で
もう一つ、ソフトを立ち上げ
色を塗り始めた
色は感覚で塗っていく
(いつもの、色感覚だ)
「出来た」
「さてと、これを、ネットに上げると」
自分の絵のサイトにアップロード
「ふぅー、出来た」
「寝るかな」
『仕事はどうしたのですか』
「え?」
「ちょっと休憩」
それから、仕事に出かけた
そんな今日の俺の一日

数字の意味で・・・其の一(1)【草稿】

数字の意味『時が来た・・・共に歩む時、これからおまえと共に私はあります』
「はっ!?」目を開けると、いつもの朝のように、小鳥がさえずり、日の光が窓からさしていた。
12月にしては、それほど寒くない。ここ何日か、やけに晴れの日が多い。少し気持ちが悪いくらいだ。
ベットでぼやけている頭が、枕のすぐそばに置いてあるデジタル時計に向いた。
(6時半か・・、外でも歩いてくるかな)
服をパジャマから着替えて、いつものように家から出て歩き始めた。
朝にしては、ほんとに寒くない。灰色のフリースの上着に下は黒のジャージ姿で暖かい。
少し歩いていると何かにつまずいて少し驚いた。慌てて素足にスニーカーの先に目を向けると、歩道の真ん中に、自転車のチェーンがぐちゃぐちゃになって落ちていた。
ボーっと歩いていると気がつかないものだな。
170センチという中学三年の春から1センチも変わっていない体を少し前にかがめてチェーンを見おろした。だいぶんさびている、誰がこんなところに捨てて行ったのだろう。
チェーンから目をそらし、また歩き始めた。目を細めて太陽に視線を移すと、ボサボサな頭の前髪が目に入りそうになった。そろそろ切った方がいいかもなと思うほどうっとうしくなってきている。
昨日の朝は何を食べたかなと思いながら、歩き続ける。(・・・、パンに牛乳、コーヒー、サラダ、卵も食べたかな)最近は、食べ過ぎず、飲み過ぎず、適度に体を動かしているため、体重は平均的なものだろう。
歩道の脇に立っている並木の中には葉がほとんど無いものがある。まるで毛をかられた羊のような寒さを感じる。
まあ、秋は過ぎたからな。冬は、寒いのが普通だよな・・・。
軽い斜面を昇って、家から一番近い公園へやってきた。人が一人だけいる。
向こうは、こっちに気が付いたようだ。俺は足を進めた。
「おはよう、もとくん」可愛げにポニーテールの女性が挨拶をしてきた。ニコニコしている。彼女とは、朝、この公園で良く合う。
俺の名前を言うのを忘れたが、幾度元澄という。きど・もとすみ と読む。
「うす」と、挨拶のつもりで返した。俺より下に彼女の目線があるのが分かるので、背は俺より低いのは確かだ。
二人はベンチの方へ向かい腰を掛けた。
「ねえねえ、数字の意味で目に見えないってどういうことだと思う?」彼女はピンクのパーカーを着て、下もピンクのジャージ姿で両手を膝に挟んでいる。顔は斜め上を向いていて、電線に止まっている雀を見ているのだろう。問いかけてきた。
相変わらず訳のわからないことを聞いてくる。
まあ、考えてみようか。手を頭の後ろに組み目を閉じた。・・・「夢かな」目を開けて俺は口を開いた。
ふむふむと彼女は、頷いている。「確かに夢は目を閉じているときに見るねー」ニコニコしながら返している。「昨日ね、空を飛んでいる夢を見たよ。すっごく気持ちが良かった。そのうち、みんな空を自由に飛べるようになるかもね」
小学6年のときから彼女を知っているが、初めて会ったときに質問されたことを今でも覚えている。確か「空って何色だと思う?」だったかな。俺は「はあ?青色かな?」って答えた覚えがある。彼女はニコニコしながら「そお?」って言って去って行った。
今の彼女が俺に対してしてくる質問は、そのときよりも高度で、何かを確認しているかのように思える。
「それから他に何がある?」予想通り、彼女は突っ込んできた。まあ、分かっていはいるのだけどね。
「運命」と、俺は手を頭の後ろに組んだまま答えた。彼女は頷いている。
すると突然立ち上がった。「私はどっちに向かって歩くと思う?」また唐突に聞いてきた。そんなの分かるわけがない。一応、答えてみるかな「右かな」全くの適当に言ってみた。「ぶー」そういうと彼女は、ベンチにまた腰を掛けた。
(ああ、歩かなくて、また座るのね)俺は、そうですかと彼女の方を見た。ニコニコしている。
「確かに運命は目に見えないねー、その筋道を目で確かめながら進むことはできないかもね。通ったあとなら見たことにはなるけどね。私が右に進まずに座ったのは、もとくんには見えたでしょ?」
(筋道か・・・そんなのが見えていたら誰も苦労はしないだろうな)彼女から目をそらして、空を見上げた。
「じゃあ、他には何かある?」まるで彼女は何でも知っていて、その答えを俺に言わせたいかのように思える。
「未来」と、俺は答えた。
彼女の方をチラッと見ると、顔は笑っていない。真面目な顔でこっちを見ている。
「1分後の未来って見えないのかなぁ?」彼女は微笑んで言った。明らかに俺を試しているように見える。
「それは、1分後の未来じゃなくて、1分経った現在じゃないかな」そう言って彼女から目をそらした。
「確かに人は現在を見て生きているねー」彼女はニコニコしながら話した。
彼女は何かを考えているようだ。そして口を開いた「答えを聞かせて」
俺はきたかと思いながら、彼女の口癖のようなものを確認した。
「未来の数、時のことだな」俺は目を閉じていた。彼女は何も言わない。ふと目を開けて彼女の方を見ると・・・あれ?ベンチに座っていた彼女がいない。
「円盤投げー!」と、声が聞こえたかと思ったら、突然ベンチに座っている俺の目の前に自転車のタイヤが飛んできた。
「うわ!?」っと、叫んで俺は驚いたポーズをとった。その格好は滑稽に見えたのだろう。
「うふふふ」と、彼女の笑い声が聞こえてくる。
円盤投げって、おい。でか過ぎるだろ。26インチくらいの自転車のタイヤだな。円盤投げっていうか、輪投げだろこれ。なんでこんなところにあるんだろう。
彼女は手を砂を払うようにパンパンと2回叩くと、ベンチに戻ってきて座った。
「あの、なんなのこれ?」俺は不思議そうにいってみた。「自転車のタイヤよ」彼女はニコニコ笑っている。
確かに見れば分かるけど、黒い物体がいきなり飛んできてびっくりするよね。ここにこうやって横たわっているのが不自然だよねと言いたかった。
「向こうに落ちていたよー」そう言って、彼女は静かに目を閉じた。それを見て俺も目を閉じた。
人は、時を見るために色々な工夫をして生きてきた。しかし時を見ることは人間一人ではできない。だから人は子をつくり、子孫を残して時を見ようとする。人間の夢だな。時を見れたらいいなという。
その好奇心がタイムマシーンとか想像してみたりもする。でも人間には不可能なこともある。
原則この世界は、時をさかのぼったり、飛び越えたりすることは出来ないようになっている。
俺は頭の中で、そうつぶやいた。目を開けて彼女を見るとまだ目を閉じている。
彼女から視線をそらして、目の前にある自転車のタイヤを見つめてみた。
二人の座っているベンチの前に輪を描いている自転車のタイヤ。実に不自然だな、なぜそこにある。しばらくの沈黙の後、彼女は目を開けた。そして「帰ろうっか」と言った。俺も「ああ」と答えた。「結城、答えは良かったか?」俺は彼女の顔を見て言った。「うん」と彼女は笑顔で言うと、ベンチから立ち上がり、帰って行った。
彼女の名前は結城翔子という。ゆうき・しょうこ と読む。
家に帰ると、朝食の準備が出来ていた。昨日と同じだな。目玉焼きもあるしな。

数字の意味で・・・其の一(2)【草稿】


コンコン。部屋のドアを叩く音がした。
仕事から帰ってきて、疲れたなと思いながら、枕の上で両手を組んでベットに寝転がっているときだった。
外は日が沈み、暗くなっている。窓のカーテンは閉まっていた。
まぁ仕事といっても、アルバイト。かっこ良くいえば、フリーターかな。(というか、フリーターって、かっこいいのか良く分からないな)と、考える自分もいた。5時間ほど軽く走り回っている。
「元澄、どうじゃい最近は」とドアの向こうから声が聞こえた。
俺は、目を閉じて、「なんだい?」と返すと、ドアが開き、歳をとった男性が顔を見せた。俺の爺ちゃんだ。
手を後ろに組みながら部屋に入ってきた。背筋はピンとしている姿を俺は見つめた。
年のわりには、がっしりとした体形だ。身長は150センチくらいだろう。今日は、紺色のズボンに、上は紫の長そでに茶色のチョッキを着ている。
ゆっくり歩みながら、机の前に放り出されている椅子まで行くと、よっこいしょっと、腰を掛けた。
「今日はなんだい?」と、聞いてみた。
老人は、カーテンの閉まっている窓のほうを見ながら白い髭をはやした顎を左手でさすって、何かを考えているようだ。
いつも笑っているように見える目は閉じているのか開いているのか判別が難しい。顔には、何本もの深いしわが刻みこまれている。
「おまえと同い年のあの子は、元気じゃなぁ」と、老人は口を開いた。
ああ、結城のことか。その話にいくのか。(好きだな、爺ちゃん)と、おれは頭の中でつぶやいた。
「元気そうにみえるかな」と、天井を見た。
「わしが外を歩いておると良く見かけるでのう、ニコニコといつも挨拶してくるわい」
老人は、結城の話を始めた。俺はカセットテープでも聞くように聞いていた。
結城は、爺ちゃんには、いつも「もとくんによろしくお伝えください」と言って、別れるそうだ。
まぁ、俺に伝えることは、結城自身の問いかけたい内容なのだけど。自分の答えと俺の答えを照らし合わせたいのかもしれないな。
「で、今日は何を聞いてきたの?」天上の一点を見たまま、俺は聞いた。
老人は、また顎をさすった。
「数字の意味で聞こえないとはどういうことかじゃそうな」と、首をかしげている。
(ああ、昨日の朝の続きか)と俺は思い、また訳の分からない世界に俺を引きづり込もうとしているなと、結城の笑顔が頭に浮かんだ。
「書いた数字の残像は見えるが聞こえんのう」そう言って、老人は、くうに数字をいくつか描いている。俺はその姿を見ながら考えた。相変わらず、頭の中では、笑顔の彼女が見える。
「数字は見ることは出来るが、聞くことは出来んのかのう」と、老人は、くうに描いている数字を声に出している。その姿を見た俺は、(おい爺ちゃん、その姿を突然見た人は、なんと思うか考えてくれ)と、結城の笑顔を描き消したくなった。
「爺ちゃん、聞くことの出来ない数があるんだよ」俺は、考えのままに口に出してみた。
老人は「ふむ」と、顎をさすった。そしてまた考えているようだ。まぁ、考えることは、いいことかもな。頭を使うからな。そう思い目を閉じた。
頭に見えているのは結城が笑っている姿だけだった。俺の姿勢は寝たまま考える人の状態だ。左手は顎にあり、右手は左ひじを抱えている。
「自分の数だな」俺は、その姿勢のまま、目を開け天井を見て言った。
老人は「ふむふむ」と、顎をさすった。
「わしゃあ、86歳じゃで、86かのう」と、86をくうに描き、声に出している。
それを聞いて、ふと、頭に違う女性の姿がよぎった。バイト先の女性の顔だ。
ラッキーナンバーの話をしたことがあったなと思い返した。たしか俺は、女性に99と言ったかな。
その番号に女性は、いろいろ考えていたな。「9が2つもぉ」となんか嫌そうな感じだった。
言った俺も、全然考えていなくて、9って日本じゃ余り縁起のいい数字じゃないのだよなって、あとから思った。
そのときは、9じゃ軽過ぎて、999じゃ背負うには重すぎるみたいなことを言ったけど、なんか変に押しつけた感じがあったかなと思った。
女性が考えついたのが、99%の力を出して残り1%は力を抜くってことだった。俺は、その考えでいいと思った。だから、自分の考えで導き出したその答えでいいのだと伝えた。
(自分の数か・・・)自分で口に出して言って見て、不思議な感じがした。すると、また彼女の笑顔が俺の頭の中に浮かんできた。
すぐに切り替えて「自分が誕生するまでに、受け継がれてきた遺伝子の数だよ」と、椅子に座って考えている老人に俺は言った。
すると、「ほうほう」と顎をさすり笑って答えた。爺ちゃんは、笑うとしわが増えるから分かりやすいなと、思わず口元が少し緩んだ。
俺は、また頭の後ろで両手を組んで目を閉じた。
人は、その遺伝子を後の世に残すために生まれてくる。もちろん、その役目は全ての人にあるわけではない。
受け継がれてきた遺伝子の数、すなわち遺伝子の声だな。それは、人の顔の形、目鼻口耳の形、体つき、脳の大きさ、あらゆる形となって伝えている。
その伝えられたものは、聞くものでなく、感じるもの。
頭の中で、そうつぶやいた。
やはり、彼女の笑顔が浮かんでくる。たぶん、俺の生涯からあの笑顔が消えることはないのだろうな。
目を開けると、老人は、まだカーテンの閉まっている窓を見ていた。相変わらず左手は顎をさすっている。何かを考えているのだろう。
「元澄や、数字の意味で聞こえないとは、遺伝子の声かのう」老人は、窓を見ながらいった。
(そうだよ、爺ちゃん)と、俺は声に出さずに言った。
座っていても背筋がピンとしている老人は、「ほっほっほ」と笑うと、「あの子は、面白い子じゃのう」と、俺の方を向いた。
「ああ、良くは分からないけど、あいつの頭は普通じゃないね」と、素直に口から出てきた。
普通じゃなければ、おかしいのかというと、彼女には当てはまらないだろうな。飛び抜けているのかな。そんなことを考えて、俺は、結城が笑顔で帰っていく姿を想像した。
すると、老人は「そうかい。元澄も負けておらんと思うがな」と返してきた。
俺は、ほうを人差指でかいた。なんか違うのだけどなと言いたかったが、結城と俺の類似点は、たぶんそこなのだろうなと思い返した。
「おぉ、そうじゃい、あの子がこれを渡しておくれと言っておったわい」
そう言うと、老人はポケットから何かを出して机の上に置いた。
「ほなな、元澄」と、椅子から立ち上がり、ゆっくりとした歩みで部屋から出ていった。
俺はベットから起きあがり、机に置いていったものを確認した。「ん?」なんだライトか。しかし、ぼろぼろだな、使えそうにないライトだぞ。結城、おまえは俺に何を伝えたい。
あれ?なんだろう、このライト・・・。まぁ、いいか。風呂にでも入ってくるかな。

数字の意味で・・・其の一(3)【草稿】


「どこのいるの?・・・どこだよ!」俺は泣きながら、叫んでいた。
見えないんだ、ほんとに何も見えないんだ。『見ようとしないからです』
俺は、真っ暗な闇の中、手で周りを確かめようとしたが、手に触れるものは何もなかった。
『何に触れようとしているのですか?』俺は聞こえてくる声の方に、進んで言った。
しかし、暗闇のままで、一点の光も見えない。(どうしたらいいんだ!)俺は焦っていた。
何に焦っているのかも分からない。どうして泣いているのかも分からない。なぜ声の方に向かって進んでいるのかも分からない。
すると、声は暗闇の中、俺にまた話しかけた。『なぜ焦り、なぜ泣き、それでもなぜ進もうとするのですか?』
そんなこと考える余裕がないのが今の俺だ。(だから焦っていて、泣いていて、進もうともがいているんだ!)
すると、突然、体が軽くなった。暗闇の中、体だけ軽くなった。地面に立っている感覚がなくなっている。
宙に浮いていく感じがする。そして一人の女性の顔が浮かんできた。(・・・結城!)
俺は、左の手を開き腕を伸ばして、その顔をつかもうとした。
目からは涙がこぼれ、力を入れて伸ばした手のひらは天上に向かっていた。ベットの上で俺はその状態だ・・・
「ふぅー、朝か・・・」と俺は、枕元の時計に目をやった。心は至って落ち付いていた。
わけの分からないのが夢だからな。そう自分に言い聞かせた。
外でも歩いてくるかなと思い、服を着替えた。玄関の扉を開けてから、外が曇っていることに気がついた。
最近、やけに天気の日が多くて余り寒くもなかった。今日もそれほど寒くはないが曇っている。
歩きだしたが、なんだかうわのそらという感じだ。何を考えるわけでもなく、ただ歩いているだけのような感覚だ。気がつくと、家から一番近い公園に来ていた。周りを見たが、誰もいない。
俺はベンチのほうに進み、静かに腰を掛け、ボーっと前を見ていた。
すると突然、「円盤投げー!」と聞こえて、白いでかい物体が目の前に飛んできた。
「うわぁあ!」と思いっきり驚いて、ビックリしたポーズをとって固まった。
冷静になって、その物体を見てみると、自転車の車輪だな、さびている。これは、円盤のように見えるが、円盤投というよりは、大きさ的にマンホール投げに近いだろと突っ込みたくなった。
俺は、声の聞こえた方向に、目を移した。予想通り、笑顔の彼女がいる。
「やあ、もともとくん」彼女は声をかけてきた。俺は「うす」と、挨拶を返し、今日はちょっと機嫌が悪そうだなと結城の様子を伺った。結城は手を後ろに組み、こっちに向かってくる。
ピンクのパーカーを着て、下もピンクのジャージ姿の彼女は、ベンチまで来ると、静かに腰を下ろした。
彼女は自転車の車輪を見つめて、黙っている。俺も、その車輪を見た。しばらくの沈黙が続いた。
「ちょっと喧嘩をしちゃった」結城が口を開いた。
(ああ、また母親と喧嘩したのか)と思った。結城の母親は、義理の母親である。父親は、結城が12歳の時に離婚して18歳のときに再婚している。俺が転校してきた年に、結城の涙を俺は見ている。
「そうか・・」それ以上何も言えない。すると、彼女は、いつもの笑顔を俺に見せた。
そして、曇っている空を見上げて行った。「数字の意味で触れないってなんだと思う」
また前の続きか、どんな世界を創ろうとしているんだと言いたくなったが、この状態では言い出しにくい。
俺は腕組みをして、考えた。彼女は両手を膝に挟んでニコニコして曇り空をみている。
「空に輝く星は触れない」と、俺は口を開いた。彼女はニコニコしながら「それから」と言った。
(なんなんだよ。それからって・・・)と言いたくなるが、完全に彼女に主導権があるような状態に持ってかれたという考えにおさまった。
「地球の中心の核は触れない」俺が早口で言うと、彼女は笑顔で「やけどするね」と言った。
(まぁ、やけどどころじゃすまないことは分かっていて言ってみたのだがね)と心の中で言い返した。
「時間は触れない」俺は、口をとがらせて言ってやった。彼女は「そおだね」と相変わらず笑っている。
なんだよ、そのどうでもいいような反応はと、俺は言いたいが、彼女の笑顔での威圧感が反撃を許さない。
「夢」と、今度は適当に言ってみた。すかさず彼女は、「夢って触れるよ」と言ってきた。
「どうやって触るんだよ」と俺は口に出してしまった。
すると、彼女から笑顔が消えた。そして「この世界がもし夢で出来ていたとしたらどうする?」と言いだした。
まぁ、それ以上追及するのは、俺のためにならないと思い、妥協して「寝ているときに見る夢は触れるな・・・」と返した。それを聞くと彼女に笑顔が戻った。(俺は、おまえのご機嫌取りか!)と心の中で叫んだ。もちろん、口に出すことはこの状態では自殺行為である。
「心だな」口からは、その言葉が重く出てきた。結城の心に俺は、触れ過ぎてきたのかもしれない。
だから、結城の感情が手に取るように伝わってくる。人ってなんだろうなって思うことがある。
触れることのできない話だったのに、触れることのできる話になりそうな感じもある。
「心ねぇ」と、結城にしては曖昧な返答が返って来た。
「もとくんは、私の心に触れていると思う?」俺の心を見透かしたような言い方をする。
「まぁ、触れられない領域ってのがあるのは分かる」曇り空を見上げて言った。
結城は、曇り空を見ながら「その車輪、重いと思う」と言ってきた。
錆びた車輪を見つめ、26インチくらいの自転車の車輪だなと思い。さっきいた位置から女性がここまで投げるにはちょっとした力が必要だな、遠心力を使って投げた可能性はある。円盤投か・・・
「円盤投にしては大きすぎるし、重いかな」俺は結城が何を言おうとしているか察しはついていた。
「ふーん、もとくん、私の心が分かるの?」彼女の俺の心を見透かした言い方は続く。
結城の背負っているものが、大きくて重いことは分かっている。ただそれを口に出すことは、ためらいがあるからあえて言わないだけだ。
「結城の声には触れられないかな」と、話を元の路線に戻した。
彼女は笑顔で「時間、人の心、人の声には触れないね」そういって空を見ながら目を閉じた。それを見て、「時の力だな」と、俺も目を閉じて言った。彼女は「そおだね」と俺の左腕をギュッと握った。
彼女の想いが伝わってくる感じがした。
時の力とは、この世界を形作って来た力。この世界は常に変化している。それは時間があるからだ。
この世界が創られたときに、同時に時間という概念が出来た。変化するため、進化するため、この世界で出来る可能性を見極めるためなのだろうか。
今はいている靴を、一生死ぬまで手放さないとか、廃棄処分になる最後まで、ずっと触っていることなどできないだろう。
変化しているものを常に触ることは不可能なことだ。
数字の意味で触れないとは、時が与える世界の姿だな。
そう頭の中でつぶやき、目を開けた。彼女を見ると、まだ目を閉じている。(なんかここだけ、時が止まっている感じもするけどな)と思いながら、目の前にある自転車の車輪を見つめた。まぁ、おまえがそこにあることを俺は別に詮索はしない。しかし、そこに横たわっているのは、誰が何と言おうと、不自然だ。
しばらくして、結城の手が俺の腕から離れた。彼女はベンチから立ち上がると「じゃあ、帰るね」と、笑顔を見せて、帰って言った。
俺は頭の後ろで手を組み、ベンチにもたれかかり、脚も組んだ。しばらく車輪をボーっと眺めていた。
そして、「・・・俺も帰るかな」と、相変わらず曇っている空を見ながら、家に帰った。