四「止めどなく流れる涙」

私の考えです。
今日は、六十項目の
四「止めどなく流れる涙」です。
ある日、何かを想い突然涙が出てくるということがありますか?
それは、感情がその想いに影響されて流れてくる涙なのです。その想いって
なんだと思いますか?
悲しみ、憎しみ、怒り、嬉しさ、楽しさ、喜び、どんな感情という想いだと
思いますか?
実は、共鳴っていう心の繋がりが生むものなのですよね。
共鳴って何なのですか?というと、他者の想いに自分の想いが同調すること、
その想いに自分の想いが重なり同じような感覚を持つことなのです。
そこで、人は涙というものを流します。
映画やドラマ、小説、アニメなどで、同じ場面で人が涙を流すのは、作り手が、
意図的に自分の想いと同調させることをしようとしているからなのです。
その涙って偽りの涙だと思いますか?
実は、自分が本当に泣いているのではないのです。共鳴し合った心が泣いて
いるのです。それは本当に自分の涙なのでしょうか。
答えは、とても簡単です。自分の目覚めた心が流してる涙、言いかえれば、
自分が気付いていない自分が流している涙なのです。
自分が気付いていない自分とは何なのでしょう。それは、眠っている自分の
感情のことです。
人は、生まれてくるその時点で、完全な魂を持って生まれてきます。生まれて
くるときに割り当てられる魂も違った要素をそれぞれに持たされて生まれて
くることになります。それは、遺伝子の兼ね合いであったり、魂に込められて
いる感情であったりします。
人はなぜ笑うと思いますか?楽しいから、嬉しいから笑うと思いますか?
笑いというものも、気付きから生まれるものなのです。そのとき笑っている
自分というのは、笑えてくるから笑っているのと、笑わなければいけないから
笑っているのと、笑おうとして笑っているのと違うものです。そこには、
人それぞれの気付きが存在します。今、笑っている自分は、本当の自分なのか
どうかということです。
笑いには、共鳴という言葉は当てはまらないのです。単なる同調という言葉の
方があてはまると思います。そこには他者は関係なく、自分がどう想うかという
ことが一番大きく関わってきます。
私の考えも一つの考えです。この考えに全ての人が同調するのであれば、
それは、共鳴ではないです。単なる笑いと同じことです。
世の中の出来ごとに対する想いも同じことです。自分がどのように同調するかで、
今のこの国の形が変わり、みんなの想いとなるように感じます。
言いかえれば、ある人が言ったことが、全ての考えのようになってしまうという
ことです。
その同調するものは、ほんとうに自分の想いなのでしょうか?
それが本当の意味での個々に与えられた想いなのでしょうか?
テレビで言っていたから、映画でやっていたから、小説、アニメで見たから、
みんながそういっていたから、それが本当に自分の想いなのでしょうか?
止めどなく流れる涙とは、自分自身を知らずに流している涙のことです。
涙を流している根源が何か、想いとは何か、感情とは何か、その共鳴とは
一体何なのか。
今一度、自分が涙を流した時に、なぜ流れているのか考えて見るときなの
かもしれないですね。

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